学位論文の指導

私は指導教員のK先生から、「指導」していただいた記憶は全くありません。
その代わり、しょっちゅう議論してくれました。そこまで言うか?くらいに厳しい指摘ばかりでしたが(お返しに、こんなこと言われた!と退官記念パーティーで曝露させていただきました^^)、K先生を説得すれば世界が納得すると思うくらい、徹底的な議論が延々続きました。
こうしろ、ああしろ、という「指導」は全くなく、議論しているうちに、いつのまにか方向が見えてきた、という感じでした。例えば堆積物直上水を攪乱せずに採る装置は、どうすればいいだろうと1ヶ月以上に渡って議論している間に、「シジミと同じ速度で吸引したら攪乱にならない」という、コアになるアイディアが出たのでした。
昨年4月に教授になり、M2については期日までに修論がまとまるよういろいろ指示しましたが、D3の学生さんに私がやったことは、今から思うとK先生と同じでした。
まず彼の修論を送ってもらい、その分野の古典から現在の論文まで読み、同じレベルで議論できるように勉強しました。それからは議論しかしませんでした。彼のテーマである「土地利用が水質に与える影響」について、いろんな角度から議論した結果、同じ土地利用であっても時代が変わればその影響は違うのではないかとか、すべての水質がその場での現象だけで説明できるのかとか、かなり根本的なところまで議論した結果、見えてきたことがありました。
それが見えてからの彼の変化は、驚くばかりでした。まず、現在の土地利用の混在状況を時系列のアナロジーとみなすという発想から修論を見直し、昨年の間に和文誌に受理されました。もともと文系だっただけあって過去の報告を網羅的に調査するのがとても上手で、埋もれていた報告を次々と発見して整理し、これは国際誌に投稿しました。
今年の1月には過去の報告と同じ地点で採水して、夏と同じ無機窒素濃度であることを確認。これは2本目の国際誌投稿ネタとなっています。
平行して、これまで使ったことがなかった分析装置を2種類、これを使えば自分のテーマをより具体的に検証できると、実際に使っている現場で見学して、同じ機種をうちの研究室で使えるようにセットアップしてくれました。今は最新のテクニックを使った安定同位体比の分析に、遠方まで通っています。来週にはAmerican Geophysical Unionで発表するために、単独で出発です。この分なら順調に、今年度中に学位を取得できると思います。
わずか1年3ヶ月前までは、自分が取ったデータの意味もあまり見えていなかった学生さんが、最近は自分が出した結果に対する自信とチャレンジ精神が表情に出てきて、ゼミの発表もこれまでとは別物になりました。
大学に移って、科学者としてはカルチャーショックとホームシックがまだ続いていますが、伸び盛りの学生さん達と過ごせることについては、転職してよかったと思います。どうかみんな事故に遭うことなく、それぞれの才能を伸ばしていけますように。