人事を尽くして天命を待つ

今日8月4日と明日は、自然環境学専攻の入試です。今日は英語(TOEFL)と専門の筆記試験、明日が面接です。
人事を尽くして天命を待つ、という気持ちで望めば、どんな結果が出ても受け入れられるでしょう。
高校2年でアメリカの高校3年に留学し、7月に帰国してもう一度高校2年に編入したとき、自宅から通える京大はダメでも東大ならアメリカの高校卒業証書で受験できることが分かって、試験勉強だけで1年間過ごすなんて私の性格でできるハズないから、試しに東大受けてみようと思ったのが10月でした。わずか2ヶ月後の東大オープンでの判定がこの「人事を尽くして天命を待て」でした。
今はどうだかわかりませんが、当時この判定は「東大受けるなんて諦めなさい」という最低ランクの判定でした。なるほどなと思って、私なりにもう一度勉強しなおして(岩波講座で東大の先生が書いた論文を読み直して分からない点を質問に行ったら、西洋史の先生に「それは受験勉強ではない」と山川出版なるものを教えてもらいました)、これで落とすような大学なら来年、高校3年生として京大農学部を受けようと思っていたら、天命により東大文IIIに受かりました。
その年から始まった共通一次は確か半分も取れてませんでしたが、その年に限り東大は足切りが無かったのが幸いしました。記述中心の二次は何とかなると思っていたので。たぶん、共通一次センター試験合わせて、歴代東大合格者のなかで最低点が私だろうと思います。以来、試験なんてそんなもんだと思っています。
大学院なんて、もしその年にとても優秀な方達が定員の倍おられたとしても、定員を2倍にするなんてできません。つまり、かなりの程度、運とか巡り合わせがあると思って、どんな結果になっても天命と思えばいいのだと考えます(もちろん、天命と思えるほど自分なりに全力を尽くしていないといけませんが)。