日本語で自然科学ができるラッキー

日本人4名が受賞した今年のノーベル賞授賞式。開催国の方々が、懸命に日本語で話していたのが印象的でした。
産経新聞の記事で、受賞者の中には「I can't speak English」とだけ言って、あとは日本語で通した人がいる、アジアの中でも日本だけが、日本語で世界レベルの教育ができるとありました。日本のそういうところは誇りに思ってよいといます。
以下は感想に近い独断です。
西洋的な自然科学、そして英語が国際語になったのなんて、人類史ほんの一瞬のことだと思います。私が「自然科学」というときは西洋近代的な意味に限定せず、人間を人間たらしめる独特の思考回路という意味で使っています。例えば栽培品種や家畜を作り出したり薬草の効用を見いだしたのは、人間のそういうマインドなんだと思います。だからこそ、それぞれの風土、それぞれの言語で語られる中に本質があると思っています。
とはいえ、現代は漢語でもなく、ラテン語でもなく、ましてやエスペラントでもなく、たまたま英語が国際語になっていますので、英語は使えた方がいいでしょう。そして大切なのは、英語ができるようになったとたんに、英語ができない人よりも自分が自然科学の能力に優っていると誤解しないこと。英語の本を読むこと「だけ」で自身のプライドを保っているタイプの研究者も日本には皆無でないですが、そんなの、アメリカにいたら3割の一般人ができる程度のことだったりします。
逆に、私が本当に尊敬するアメリカの科学者は、言語帝国主義に甘んじることはありません。