10年越しの仕事

40歳になった2000年に企画した本があります。37歳で交通事故に遭って以降、何かおかしいと不安を抱えてはいましたが、数年後には数行前に書いてあることが記憶に残らないほど脳がおかしくなるなどと、当時は想像だにしていませんでした。やろうと思えば何でもできそうな40代最初の仕事として、絶対にやるんだと思っていました。
「貧酸素水塊を正面からとりあげた本を書く!」
「これは日本の水環境にとって、とても大切です」と西條八束先生が出版社を紹介してくれて、賛同していただいた3名の方と分担して書き始めました。しかし8割方できた段階で知的作業がほとんどできなくなったばかりか、夕方には帰宅していったん横にならないと何もできないくらい衰弱し、その原因が脳脊髄液減少症と分かって手術を受けるなど、紆余曲折がありました。出版されたらお願いしないでもいろんなところに書評を書いてくださっていたであろう西條先生は、その間、2007年に逝去されました。
170ページ近い校正刷をみながら、この10年近くのいろんなことが思い出されます。昨日会った知人から、この本の「はじめに」で記した、西條先生が亡くなる直前まで憂慮されていた環境改変計画が白紙撤回されそうだと聞きました。できることだけでいいからやり続けること、しっかりと目的を定めて、実現するまで努力を継続すること。宍道湖淡水化、中海干拓、そしてその環境改変。もちろん私の影響なんて超微々たるものですけど、思うこと、続けることって、そういうことなんじゃないかなぁ、て思います。