地環研・自治体の地域水環境保全と大学

水環境学会誌7月号の特集は「地環研・自治体の地域水環境保全への貢献と今後」です。「地環研」とは、地方自治体の環境関係の研究所のことです。多くは1970年の「公害国会」に対応して設立され、当初は○○公害研究所という名称が多かったと思います。
そんな「地環研」は、今、大きな曲がり角に来ています。
「1960年代、70年代の厳しい産業公害の現場を体験し、1980年代以降の都市生活環境問題や新たな化学物質問題による環境汚染問題などにも対処し、広域化した環境問題にも取り組んできた。いわゆる団塊世代自治体職員が定年になる時期を迎え、一斉に職場から去り、あるいは去ろうとしている」(197頁)
「分析技術力の向上は不断の行政業務の中で培われるものが多く、行政業務が縮小される昨今、分析する機会が失われ、分析技術の低下が懸念される。項目によっては分析技術が一朝一夕には身につかないものもあり、人材育成も含め、人員配置に配慮が求められる」(205頁)
地方自治体の環境研究所は、行政改革の余波を受けて組織の縮小や所員数の削減など縮小傾向にある。環境問題を抱える現場を知り、これに科学的見地から対処できるのは地方の環境研以外にない」(201頁)

私は20歳過ぎに島根県宍道湖で研究を始め、以来30年近く、地環研の研究者の方の多大なご支援を受けてきました。毎月必ず同じ現場に行って10年、20年とモニタリングする意義や、そのデータの精度管理にかける不断の努力を目の当たりしてきたことで、環境問題を本当に解決するなら大学ではなく国立の研究所と思い、地質調査所に就職しました。そして初任者研修では、「百年経った時、この国の子孫から、あの時の調査のおかげで正しい判断ができたと言ってもらえれば本望」と書きました。
入所してから10年あまりが過ぎ、地質調査所が産総研第7事業所となり、「あの時の調査のおかげで正しい判断ができた。」的研究は産総研では評価されなくなりつつあると感じたこと、また市民や行政においても、身近な水環境問題において、専門の研究者の意見ではなく大学の専門外の先生が根拠なく提示する「わかりやすい」寓話が重んじられていたことから、機会があったら大学に移ろうと決めました。その頃同時に、これから実現したいと考えている研究所の基本構想をまとめました。そろそろ10年になります。
どんな研究所か。再び水環境学会誌(222頁)から「地環研の抱える課題」を引用します。
(1)民間委託に伴うデータチェックと受託先に対する指導と精度管理、それに必要な技術水準の維持
(2)定数削減の中での広域調査体制の確保
(3)次世代への知識・技術の継承

著者はそれぞれについてこう記しています。
(1)については、全面委託による技術力低下への懸念が報告書で指摘されており、行政の方にはこの報告書を読んでほしいとしています。行政の方は必ずしも理工系出身ではなく、精度管理の重要性など理解できない場合があります。私が構想する研究所では、中央官庁から地方自治体への出向や、民間からNEDOへの出向のように、官庁や民間、自治体の行政職、技術職の方が1,2年出向してもらって、情報と認識の共有化を図る場にします。
(2)について著者は「全体を調整するコーディネーターの存在が不可欠」と書かれています。例えば越境大気が日本の水環境に与える影響を大気圏から水圏まで統合してモニタリングする場合、そのコーディネートを大学が国研と協力して担当します。
(3)について著者は「人が減らされ忙しくなっているのに、そんなこと、やっていれるか!という声が聞こえてきそうである」と記しています。厳しい状態にある自治体のサポートができるよう、社会人教育を行える機器や宿泊施設を備えた研究所が必要です。そうすれ自治体によって技術水準が異なる、などという問題も発生しにくくなります。

東京大学大学院新領域創成科学研究科は、もともと学融合を目指して設立されたことから、オリジナルな枠組みの提案に好意的な先生が多いと感じています。4月から、そんな先生方にご講演いただいたり、私が考える研究所について議論していただいてます。このブログでも時々ご報告していきます。