アサザ基金による「アサザと水質」についての見解について

アサザ基金のホームページの「ホットニュース」に、「10月3日 『アサザと水質』についての見解を掲載しました。」とありました。リンクは下記です。以下「見解」と略します。
http://www.kasumigaura.net/asaza/01about/13faq/index2.html
「見解」には

−−−−−−−−−−
アサザプロジェクトでは、アサザを植生帯(多様な在来水草によって構成)の一員として捉え、湖本来の植生帯の再生を目指して取組んでいます。したがって、湖の水質改善効果についても、植生帯とそこに生息する動物や微生物等を含む生態系をトータルに考えて、その水質浄化効果を期待しております。それゆえ、アサザという一種類の水草による水質浄化を期待して実施しているものではありません。
−−−−−−−−−−

とありました。
アサザ基金のホームページ(http://www.kasumigaura.net/asaza/02vision/100/01.html)でも紹介されている「よみがえれアサザ咲く水辺―霞ケ浦からの挑戦 」(文一総合出版)の99-101ページで鷲谷いづみ氏は、「湖岸の半分に幅20mのアサザ群落が復元できれば、虫や鳥に食べられて、10日ごとに1トンの窒素が除去される」との内容を書いています。まだ沈水植物が残っていた1972年当時、霞ヶ浦の沈水植物帯は74780アールありました。そのときヨシなどの抽水植物が42300アール、これに対してアサザを含む浮葉植物は3165アールしかありませんでした(桜井、1983)。霞ヶ浦の周囲を120kmとすると半分で60km、幅20mのアサザ群落は12000アールになります。このことから霞ヶ浦の湖岸の半分に幅20mのアサザ群落」というのは、「復元」という範囲をはるかに超え、アサザを本来なかったところにまで植え付けることを示しています。またアサザ基金代表の飯島氏の文章も、今回の「見解」のように「水質浄化」を否定するのではなく、むしろアサザホテイアオイと違って人手で湖から持ち出す必要があるが、アサザは虫や鳥や魚が食べて、食物連鎖によって系外に出ることで水質浄化になると解説しています(末尾に全文を載せました)。生態系をトータルに考えるのであればアサザを植え付ける必要はなく、そこに生えているヒシでもよかったはずです(全く捕食者がいない水生植物でさえなければ)。しかしこれらの文章からイメージされる「アサザ以外の植物は食べられないから水質浄化効果はないけれど、アサザは食べられて湖の外に持ち出されるから、アサザを植えることで水質が浄化される」との考えが広まったのではないでしょうか。
その結果、「アサザ 水質浄化」でYahoo Japanで検索すると、2007年9月8日、私が陸水学会でアサザ植栽の弊害を指摘した頃は2560件でした。それが2009年1月11日には19700件と急増しました。
現在でも、たとえば下記のような解説をしているホームページがあります。
猪苗代湖の水質浄化の切り札として注目されている植物が『アサザ』です。住民の保護活動を取材していくと、そのアサザにも危機が迫っていました」「ヨシは水中に堆積して腐り、成長の過程で一度吸収した汚れを再び湖に戻すといいます」「ヨシは枯れてそのまま湖に堆積しますが、アサザは水辺の虫やカモなどが食べるため、吸収した汚れの元が自然の中で処理されるといいます。」「ようやく根付いたアサザの周りにはある植物が繁殖していました。その植物は『ヒシ』。」
そして水質浄化のために、同じ浮葉植物であるヒシを除去したとあります。
http://www.fct.co.jp/k/necchu/inawashiro/2008/news7.html

2007年頃はこのような理解が支配的で、アサザがもともと無いところにも植栽する例がネット情報に多数ありました。そして上記の飯島氏・鷲谷氏の著作から浮かぶアサザプロジェクトは、アサザという一種類の水草を中心とした水質浄化を期待し、アサザだけを本来生えていなかったところまで植え付けることも想定されていました。

いずれにしても、現在はかつて書いたことを改め、「アサザだけが虫や鳥に食べられて水質を浄化するとは考えていない」と表明したと考えてよいということですね。また「湖本来の植生帯」を再生するわけですから、まず、本来の植生帯とはどういうものだったのかを、思い込みではなく科学的に明らかにすること、そしてその本来の植生が自然に回復することが再生であるとアサザプロジェクトは考えているわけですね。

さて、「見解」ではこうも述べられています。

−−−−−−−−−−
アサザと水質に関して、一部に「アサザが水質を悪化させる」等の批判がありますが、先述したようにアサザプロジェクトは湖の植生帯全体の再生をめざしており、個々の水草を抽出して、個別に水質浄化効果を評価するという発想はありません。このような個別科学的(縦割り)な発想では、種間の相互作用や多様な種によって構成された植生帯全体の効果を評価することができません。
−−−−−−−−−−

ここで「植生帯全体の再生をめざしており、個々の水草を抽出して、個別に水質浄化効果を評価するという発想はない」ことが、「アサザが水質を悪化させる」という「事実」を変えてしまうことはあり得ません。アサザ基金のホームページに掲載されている写真(http://www.kasumigaura.net/asaza/03activity/01lake/02asaza/satooya/index.html)のような、お花見ができるようなアサザに覆われた水面が、さらに消波施設で囲まれていると、湖底では酸欠が生じて水質が悪化します。それは理論的にもそうですし、観測事実でもアサザ群落下の湖底で酸欠が報告されています。私自身、東京大学の実習で、夏季にアサザ群落の表層水を測定したところ、アンモニアが検出され、硝酸は検出されませんでした。湖沼の無機態窒素は普通は硝酸で、アンモニアが検出されるというのは酸素が乏しくなっている状況を示します。また「霞ヶ浦における沿岸帯特に砂浜と浅瀬の生態学的機構に関する研究」66頁の表で、5月の浜アサザ群落における酸素濃度として2.5mg/lと報告されています(同報告書はhttp://www.kasen.or.jp/seibikikin/admit.aspでタイトルの一部を入力すればダウンロードできます)。望ましい漁場を形成するための限界としての酸素濃度は4.2mg/l(例えば蔵本・中田、1992)とされています。湖底での酸欠は、浮葉植物のアサザにとってはよくても、湖底に生きる貝などのベントスや魚にとっては致死的です。アサザプロジェクトが植物と水面上の動物だけを「植生帯全体の効果」とするのなら、それは「個別科学的(縦割り)な発想」ではないでしょうか。そうでないのでしたら、アサザ基金が目指す規模の群落と囲いがあると、目に見えるところだけでなく湖底に住む動物も含めた総合的な環境がどうなるのか、影響評価が必要ではないでしょうか。

なお、このような環境影響評価は、本来は、アサザ保護のための消波施設を設置するという「環境改変」を行う前に為されるべきでした。これについてアサザ基金は10月5日に見解を出されていますので、改めて公開質問したいと思います。

さて、10月3日の「見解」には

−−−−−−−−−−
一部にアサザプロジェクトはアサザによって湖の水質を浄化する運動、むやみにアサザを植える運動と決めつけた、誤った情報が意図的にネット上などに流されていますが、霞ヶ浦再生事業や関連研究の健全な発展を阻害するものであり、たいへん残念なことです。
−−−−−−−−−−

とも書かれています。
湖の水質を浄化する運動」については、上記で既に、アサザ基金関係者自らがそのような運動と解釈される内容を発表していたことを解説しました。
「むやみに」という言葉で、何を表そうとしているのでしょうか。自然群落がないところに構造物を造ってアサザを植えることは、アサザ基金の活動のひとつの柱ですね。「むやみに」の内容を具体的に指摘しないと、アサザ基金にとってどのような点が不都合なのかわかりません。
霞ヶ浦再生事業」とは具体的に何を指すのでしょうか。もしアサザプロジェクトを指すのでしたら、この文章は、「アサザプロジェクトが批判されるのは残念だ」との感想を述べているに過ぎないと思います。

また研究とは、批判に対して事実と合理的な推論で応酬することで発展するものです。仮にある研究者が「浮葉植物であるアサザを消波堤内で植栽すると、その湖底は貧酸素化し生物多様性を損なう」と、酸素のデータを引用して議論したとしましょう。それによって阻害されるような研究でしたら、仮説自体が批判されると応えられない誤りを含むものだったというのがおそらく一般の研究者の見解で、「残念なこと」では全くないと思います。

最後に、アサザプロジェクトが「湖から流域をトータルに捉える発想をする」のでしたら、なぜ湖の堤防の「内側」に植生帯を造ることにこだわるのでしょうか。これでは堤防の外の流域と湖の間にエコトーンが形成されません。これについても別途、他の湖沼の自然再生の事例なども引用して、改めて公開質問させていただきたいと考えております。

なおこの質問は下記のブログで公開しています。お返事も公開することで公平を期すつもりですので、ご回答よろしくお願い申し上げます。
http://d.hatena.ne.jp/Limnology/

(引用)「よみがえれよみがえれアサザ咲く水辺―霞ケ浦からの挑戦 」(文一総合出版)143〜146ページ

アサザは水をきれいにする? アサザと水質浄化
霞ヶ浦で最も注目される話題は、水質の汚濁である。そのためか、新聞やテレビなどでアサザプロジェクトが紹介されると必ず「アサザが水をきれいにする」といった言葉がついてくる。これまで水草を利用した水質浄化策というと話題になるのがホテイアオイ(ミズオアイ科)という南米産の帰化植物である。そのため、アサザホテイアオイと同じようなものとしてとらえられる傾向があり、少し迷惑している。
霞ヶ浦でもホテイアオイ流入河川の河ロ部などで枠に入れて栽培している場所が何か所かある。新聞には毎夏「窒素何キログラム分、リン何キログラム分を除去」といった記事を目にする。記事に写真がつく場合は、決まって繁茂したホテイアオイをクレーンで吊り上げて川の中から取り出している光景である。
ホテイアオイは確かに水中の窒素やリンを吸収するが、同時に光合成による炭酸同化作用も行う。そのため・冬まで水域に置いておくと枯れた葉や茎が水底に沈み、かえって水中の栄養分を増やしてしまう結果になる。だから、ホテイアオイが水質を浄化するというためには、増えたホテイアオイを水域から取り出すことが必要になる。水分を多く含むホテイアオイはまとめるとかなり重たい。ホテイアオイを川や湖から取り出すには大型重機が必要で手間もかかる。さらに、取り出した株も水分が多いので、乾燥して堆肥などの材料にするまでに多くの燃料や労力を要する。
また、ホテイアオイは西日本で異常繁殖を始め問題を起こしている。水路などをびっしりとおおってしまったため、行政が巨額の予算を組んでその除去に取り組む事態が生じている。温暖化が進んだ場合、霞ヶ浦でも、湖内に流れ込んだホテイアオイが異常繁殖をして、在来の水生植物の脅威となる可能性がある。「有用種」として外来種を安易に持ち込む傾向があるが、わたしはたとえそれが「あることに有益」であるとしても、原則として移入はするべきではないと考える。とくに最近は、水質浄化に利用する目的で熱帯産の植物を移入するケースが多い。環境保全を実施するときに、生態系を構成する多様な生物どうしの関係を無視して、単に「栄養塩類の吸収効率がよい」という機能にのみ注目した手法には問題がある。
アサザと水質浄化(水質保全)の関係はこれとはかなり違う。いちばんの違いは、湖にもともと生育していたアサザには、アサザを食べる相手が数多くいるということだ。夏の間はオオバンやバンなどの水鳥、ミズメイガなどの昆虫、魚類もよくアサザの葉を食べているようだ。植えつけたアサザの葉にも、水鳥のくちばしの形をした食痕や、虫が食べたあとの丸い穴がよく見られる。おなかを空かせた鳥や虫に、葉を全部食べられてしまうこともある。
もらいたいのだが、今の湖にはそれくらい彼らの食物が少ないのだろう。それにしても、アサザの柔らかな丸い葉は、わたしたちが見てもおいしそうに見える。
そして、秋の到来とともに湖には四万羽以上のカモが渡来する。はるかな北国から渡ってきたカモたちも、さぞかし腹を空かしていることだろう。成長期を終えようとしていたアサザ群落の中にはたくさんのカモが集まり、残った葉をみんな食べてしまう。カモの群が入ったあとの群落に行ってみると、葉はきれいになくなり、茎がまばらにしか残っていない。
このように、アサザが湖のさまざまな生物に食べられていることが重要なのだ。たとえば、アサザの葉を食べた虫は魚やトンボに食べられ、魚やトンボは水鳥に食べられ、水鳥はタカやキツネに食べられるという食物連鎖が湖にはある。また、地球規模で移動するカモは、霞ヶ浦(中継地)でアサザを食べて、再び遠くの湖沼まで移動する。
このように、アサザを取り出すには大型の重機も燃料も必要ない。アサザ食物連鎖に乗って、生物から生物へと運ばれていくからだ。このような食物連鎖網をつくるためにも、生物多様性保全されなければならない。
また、アサザ群落に多くの生物がすみつくことも重要だ。水中の茎や葉の裏にすみつく細菌類や藻類は水中の栄養分を基に増えプランクトンの餌に、プランクトンは小魚の餌に、小魚はカイツブリややこの餌に(やごはトンボになって水の外へ)……という食物連鎖アサザ群落を基盤に生まれている。食物連鎖網は湖から陸域にまで広がり、大きな物質循環をつくり上げる。このように、生態系には物質循環があるので、物質は常に分散し、どこかに極端に窒素やリンなどが偏ってしまうことはほとんどない。現在の湖沼の多くで水質汚濁が深刻化している背景には、流域の人間活動に伴い物質が集中化していることや、湖や川から生きものの生息・生育場所が奪われた結果食物連鎖をつなぐ生物が消えてしまい、水域から陸域に広がる物質循環の流れが失われたことがある。
だから「アサザが水をきれいにする」というには、上述したような生態系の一員としてのアサザと多様な生物との関係を説明しなければならない。(副作用の伴う)特効薬で病気を抑える対症療法ではなく、身体全体の調和を保ち自然治癒力を高めて病気を治す、東洋医学の考え方に似ているかもしれない。「ホテイアオイではなく、なぜアサザなのか」という問いは、環境教育を企画するうえでは「生物多様性保全」の理解につながる重要な意味を持つ。