岩波書店から出されている雑誌「科学」の2010年2月号に、本堂毅氏による「法廷における科学」と題された論文が掲載されています。携帯電話中継塔の健康影響に関する裁判で、「科学者証人」として尋問を受けた本堂氏の経験に基づいた問題提起です。全6ページの簡潔な論文ですが、その提起する内容は深刻です。
2〜3ページには、実際の問答が抜粋されています。理工系の方が読めば、これは全く科学の議論になっていないことが理解されます。その原因の一つとして本堂氏は、「尋問者は、科学はすべての問いにゼロ・イチで答えを出せると仮定しているらしい。確かに、日本の高校までの理科教育では、答えがわからない問題は教材として用いられず、常に一つの「正しい」正解が用意されている」と整理しています。
関連して5ページに、「理系出身者でも法科大学院経由で法曹資格を取りやすい米国とは異なり、日本では高校の段階で『文系コース』に進み、科学にほとんど触れることなく法曹専門職についた法律家が大多数である。したがって、法曹の多くは、中学卒業程度か、せいぜい高校一年次程度までの理科教育しか受けていない。」との指摘があります。
弁護士も裁判官も、受けた理科教育についてはその程度であっても、科学的知見が重要な裁判で尋問したり判決を下すわけです。
末尾で本堂氏は、「現状では、法廷における科学の取り扱いに関するガイドラインはなく、科学的捏造さえも可能な対審構造の下で、裁判官の自由心証主義にもとづく司法判断が続いている。したがって、DNA鑑定に限らず、科学を扱う裁判でさまざまな問題が発生することは必然の結果であろう。」と指摘しています。冤罪が起こる原因として、警察や検察の体質などを指摘する記事は多いですが、法廷そのものが科学的捏造さえも可能な対審構造にあるとの指摘は初めて見ました。これについて法曹関係者自らが気づいて反省することはないと思いますので、外部から積極的に是正を求めるべきだと思いました。