科学者のモラル

汽水域の沈水植物に関する国際誌論文を調べていたら、私の論文を引用しているものがありました(Estuaries and Coasts (2013) 36:127-134)。
読んでビックリ。中海で海草が減少した原因について、こんな記載がありました。
However, the area of seagrass beds in the lakes began to show ubiquitous decrease in the 1950s, probably due to herbicide input and subsequent onset of major reclamation works (Yamamuro et al. 2006).

私の論文で主張したのは、中海で海草のアマモが減少した原因として最も疑わしいのは除草剤使用であって、全国的にも同時期にアマモが減っていることから、他の沿岸域での減少も埋め立てなどの工事や富栄養化だけではなく、除草剤の可能性も検討する必要がある、ということです。「中海において、干拓工事もアマモ衰退の原因である」としている上記の引用は、趣旨としては逆になります(工事が始まったのはアマモが衰退してから10年以上経ってからです)。
中海ではアマモが衰退した後、海藻類も減少しました。その後、富栄養化が進んで海藻類は浅い所だけに残りましたが、その浅いところも埋め立てて大型植物(海草と限定していない)が無くなったと書いている部分だけを抜き出して、私の論文の趣旨とは逆の内容にしています。

Estuaries and Coasts (2013)論文の主旨は、中海のコアマモ(アマモでは無い点に注意!)は干拓工事で堤防ができたために遺伝子の交流が減って絶滅の可能性が高まっている、ゆえに堤防を開削すべき、というものです。私の論文を逆の趣旨で引用しているのは、この主張をサポートするための伏線のつもりだったのでしょうか。

Estuaries and Coasts (2013)論文ではまた、私が全く書いていない下記も書いてあることになっていました。
The reduction also led to other forms of environmental degradation, including red tides and water hypoxia, which are likely the cause for recent poor catches of fishes and clams (Yamamuro et al. 2006).

私が書いたのはアマモ場の消失と共に底生魚やエビ類、漁獲対象の二枚貝が減ったということだけで、赤潮や貧酸素化については全く書いていません。冒頭の文章と合わせると、あたかも私が「『干拓工事も原因である』アマモの衰退によって赤潮や貧酸素化が起こっている」と主張していると誤解される可能性があります。私は逆に、干拓工事で堤防ができる以前に貧酸素化が起こっていることを、別の論文で書いています(応用生態工学, 15, 221-231)。

Estuaries and Coasts (2013)論文の共著者の方は、宍道湖にヨシ帯を作ったらシジミが増えたと著書で書かれていて、「ちょっと軽率ではなかったか」とは思っていました。このような引用を黙認するとなると、意図的であれ非意図的であれ、もはや科学者としてのモラルの問題ではないかと思います。