今日の陸水ゼミで宍道湖にかつて生えていたシャジクモを同定しているK君が、湖心部の堆積物からどんな風にシャジクモの卵胞子が見つかるか写真を示していました。本来なら粘土しか堆積しない場所なのですが、シャジクモの卵胞子と同等の大きさの丸い粒がびっしり。
「え?これが湖心部でたくさん出てくるの?」と内心、大変うれしく思いました。
K君の発表が終わった後で、「あの丸い粒、何だと思う?本来は粘土しかたまらないはずでしょう?」と、絶対に正解できないはずのいじわるな質問をしました。
答えは、多毛類Notomastus sp.の糞です。修論研究で堆積物の粒度分布を調べていたとき、粘土しかないはずのところに砂粒大の粒子がでてきて、いったい何なのか皆目検討がつきませんでした。当時は多毛類の分布を規定する環境要因をテーマにしていたので、なぜかこの粒子が多数でてくるところと、多毛類がたくさんでてくるところが一致することに気づきました。もしかしたら、多毛類の糞?
そこで、宍道湖堆積物からとれる多毛類を全種類取ってきて糞を出させて実態顕微鏡で観察したところ、Notomastus sp.の糞と大きさ・形が似ています。念のために電子顕微鏡で堆積物中の粒子と糞の写真を撮って比べたところ、両者はそっくりでした。
Notomastus sp.はミミズのように堆積物に潜ったままで泥を食べるので、これがあるということは、たとえサンプリング時にいなくても、かつてはNotomastus sp.が成長できる期間そこが好気的だったことを示しています。私の記憶だと、1980年代の湖心部は、あまりこの粒子がでてきませんでした。今、たくさんでてくるということは、当時より底質が改善されたことを示している可能性があります。糞を指標という発想がおもしろかったので、何らかの形で論文にしたいと思いつつ、いつしかこういうネタがあったことを忘れていました。
実はNotomastus sp.自身も私が修論研究を行うまでは、海産のNotomastus latericeusと報告されていました。しかし宍道湖の塩分に海産種が普通に生息するハズがないので、タイプ標本も取り寄せて検討したところ、宍道湖のNotomastusは眼点がない、成長につれて剛毛の形が変わるなど、タイプ標本とは別種とわかりました。新種記載報告をしないまま今に至っていますが、Yamamuro(1988)で宍道湖産イトゴカイをNotomastus sp.と記載して以降は、低塩分の汽水湖沼で採取されるNotomastusはlatericeusではなくsp.になっていると思います。
修論の2年間は全国の汽水湖沼を回ったり、宍道湖で四季を通じてベントスを調査したり、思いついたことは即行動に移して、いろんな発見がありました。ヤッコカンザシという多毛類が地震隆起量を見積もる指標になることを発見したのもこの頃でした。研究生活の中で一番楽しかったかもしれません。
下の写真は学生の頃に撮った電子顕微鏡写真のネガをスキャンしたものです。K君もSEMを撮っていて、下のネガを見せたら「これです。僕のもこれそっくりです!」とのことでした。