山本太郎「感染症と文明 −共生への道」

天然痘が根絶したとき、漠然と思いました。これは一概に、人類にとって好ましいことと言えるのだろうか?
そして最近の、民放を1時間くらい見ていたら必ず「除菌」という言葉を聞かざるを得ない風潮にも危険を感じて、本書を読んでみました。
著者は感染症の研究者ですが、やはり私と同じような感想を書いていました。
「病原体の根絶は、もしかすると、行きすぎた『適応』といえなくはないだろうか。感染症の根絶は、過去に、感染症に抵抗性を与えた遺伝子を、淘汰に対し中立化する。長期的に見れば、人類に与える影響は無視できないものになる可能性がある。」
この文章は193頁、エピローグに出てきます。ここまで本書を読んだら、この文章が言わんとしていることが納得できると思います。
私の出身の東大・地理学教室では、在学当時、鈴木秀夫先生が気候学を教えておられました。宗教観や歴史の変動要因として気候を重視する独自の説が、当時は必ずしも十分に受け入れられていませんでした。同様に、社会制度が感染症に由来していたとの本書で紹介されている説も、異論も多いと想像できますが、私にはとても納得できる説明でした。たとえば、インドにおけるカースト制度は、浄不浄によって社会の構成員の交流を管理し、感染症流行を回避しようとした意図があったとする説です(50〜51頁)。
この歳になると目から鱗的な記載には滅多に出会わないのですが、本書は久しぶりに目から鱗刺激をたくさん受けて、楽しく一気読みできました。文章もとても読みやすく、かつ著者の思いの熱さが伝わってくるような気がしました。

感染症と文明――共生への道 (岩波新書)

感染症と文明――共生への道 (岩波新書)