ぐ~たらのすすめ

近年のAIの進化は著しく、人間がとってかわられるとも危惧されます。
特定の内容についてはそうなるでしょうが、AIは人間にできること全てができることはないだろうと思います。AIには人間が情報と認識しているものだけがインプットされるからです。そして人間は、情報だと認識していないものから情報を得ていると思うからです。
聴覚も視覚も、全ての情報を意識するとパンクするので、人は無意識の領域で多くの情報を間引いています。不思議なもので、ふだんは間引いているような情報でも、無意識の領域で「これは重要」と認識すると、意識野にその情報が上がります。
たとえば「気配」は、普段は間引いているような小さな足音、ほんのわずかな熱の変動、本来吹いてくるはずの空気がさえぎられて動いていないなど、近くに誰かが忍んでいる場合に起こるような状況情報の組み合わせだと思われます。
こういった無意識の部分での情報処理は、普段、意識ばかりしていると、衰えるのではないかと思います。無意識力を鍛えるには、ぼ~っとすること、あるいはジョギングのように特定の動作をひたすら繰り返すことでしょうか。西洋音楽は特化した情報の塊なので、無意識力の鍛錬にはならないと思います。
欧米でマインドフルネスが流行っているのは、本来人間が持っているべき無意識力の衰えを感じているからかもしれません。私の場合、オリジナルなアイディアは数字や言語など意識下で情報処理しているときに浮かぶことは稀で、ほとんどが無意識野から湧いて意識野にでてきます。欧米では日本以上にオリジナリティが重視されますから、発想力を高める必要から注目されているのではないでしょうか。
日本は近年特に、ぼ~っとする、ぐ~たらすることをネガティブに捉えますけど、座禅なんて究極の「ぼ~っ」です。かつての日本では意識しない時間の重要性が、もっと認識されていたように思います。日本では、特に社会的地位の高い方のレベルが下がっているように感じますが、その一因がこれではないでしょうか。