環境省のネオニコチノイド基準は金科玉条ではない

環境研究総合推進費は、環境省が必要とする研究テーマ(行政ニーズ)を提示して公募を行い、広く産学民間の研究機関の研究者から提案を募り、外部有識者等による審査を経て採択する研究資金です。

その環境研究総合推進費により、平成25~27年まで「 農薬による水田生物多様性影響の総合的評価手法の開発」という研究が行われました。内容と事後評価を下記からダウンロードできます。

この研究はネオニコチノイド系殺虫剤について、
「これまで農薬の生態影響評価は、OECD の試験ガイドラインに基づき、標準試験生物の個体レベルでの毒性(致死性等)をビーカー内で評価する手法が採られてきた。この評価法は、農薬の生態リスクの一次評価法として有効ではあるものの、実際の野外生態系を構成する様々な種に対する影響を必ずしも反映するものではない。」
として水田を使ったメソコスム試験を行っています。その結果、
「今回メソコズム試験をおこなった薬剤(フィプロニル、クロチアニジン、クロラントラニリプロール)について、土壌中において一定の残留がみられることが明らかになり、今後、浸透移行性殺虫剤の環境影響評価において、土壌中の残留・動態に留意する必要があることが示された。」
としています。他にもいくつか成果があり、それらを踏まえて「行政が活用することが見込まれる成果」として
「環境省・水産動植物の被害防止に係る農薬登録保留基準の設定において、感受性の種間差、種のライフサイクルと暴露影響の関係、土壌を介した暴露等、現行システムでカバーできないリスクを評価するために、2015 年度より水産動植物登録保留基準の運用・高度化検討会が開設されており、本事業の成果がリスク評価の高度化の検討にあたり、科学的知見として活用される。」
と期待しています(残念ながら、環境省は本成果をまだ活用していないようです)。
これに対して外部評価では、
「浸透移行性殺虫剤の土壌粘土鉱物による吸着と土壌水による流亡、水田動植物による吸収・排泄・蓄積、等々のプロセス研究過程を伴わず、影響の連鎖などの視点も欠けているため、生態系としての評価には至っていない。」
と指摘しています。つまりこの研究は水田メソコスムだけで閉じてしまっているので、降雨時に田面水を通じて土壌粒子が流失したときの河川や湖沼などの生態系に与える影響評価に至っていないと指摘しているのです。
いかがですか?11月12日に農薬工業会による私の論文に対する批判を紹介しましたが、その中に、
「(宍道湖水での)ネオニコチノイド濃度は環境省が生態系保全の観点から適切なリスク管理を行うために定めた『水域の生活環境動植物の被害防止に係る農薬登録基準』の1%程度となり、基準を十分に下回る濃度です。」
と書いています。その環境省の基準に対して環境省の研究所である国立環境研究所の研究者が「感受性の種間差、種のライフサイクルと暴露影響の関係、土壌を介した暴露等、現行システムでカバーできないリスク」があると指摘しているのです。また外部評価者も土壌の流出など、一般にモニタリングが行われる晴天時ではないときのリスク評価の重要性を指摘しています。
私の印象ですが、農薬工業会はネオニコチノイドの生態影響に関する国内外の論文や研究報告をフォローしていないようです(専門家がいないのかもしれません)。ヒトの健康影響に関する論文を読みこなす能力や臨床経験がある識者も、あの「見解」を読む限り、いないのかもしれませんね。