秋山章男先生

1986年に書いた修士論文「日本の汽水性海跡湖における多毛類・貝類の分布とそれを規定する環境条件」では自ら採集に行った海跡湖に加え、北海道と東北の汽水湖産多毛類サンプルを、当時北大におられた中尾繁先生に譲っていただきデータに加えました。
学位論文も当初は汽水産多毛類の分布、特に修論でNeanthes japonicaとしたものと、Notomastus sp.としたものを中心にまとめようと思っていました。前者はあまりに広い塩分範囲に出てくるので、複数種が混ざっているのではないかと思いました。後者は既報で宍道湖のイトゴカイは海産種Notomastus latericeusとしていて、師事していた国立科学博物館の今島実先生を通じてそのタイプ標本を取り寄せたら、全く別ものであることまで分かっていました。今島先生から「新種記載しなさい。」と言われ、低塩分にしか出てこないこの種が全国ではどのような分布をしているかを明らかにする計画でした。
なぜそう思ったのか今となっては覚えていないのですが、「サンプルを持っているか採ってくれそうだ」と、面識が無かった東邦大学(当時)の秋山章男先生にお願いして、多毛類サンプルを送っていただきました。
学生時代に集めたこれら多毛類サンプルを引き取ってくださるとのお申し出をいただき、本日、改めてサンプルに採取年や地点のラベルがあるか確認したところ、秋山先生からの標本ラベルは、地点が「一宮の自宅前」でした。自宅って、どこ?
先生は東邦大学をかなり以前に退官していると思い「秋山章男」でGoogle検索したら、トップに「秋山章男氏没後5年」と出てきました。

一宮町に電話して企画展担当者につないでもらって、いろいろお話をうかがいました。ご自宅を博物館にされていて、今回の展示はその一部だそうです。また標本の一部は一宮町がある千葉県の県博ではなく、茨城県自然博物館に寄贈されたそうです。亡くなられたのがコロナの前年で、その後に広く寄贈先を募ることができず、晩年に身近におられたお弟子さんを通じてそうなったのではないかとのことでした。

博士課程の2年目あたりから、潜水して観察する生きている動物とホルマリンサンプルとの違いがあまりに大きくて、「環境を守りたいなら、その環境の優占種が生きて何をしているかを記載し、重要性を定量化するのが現実的ではないか?」と思うようになりました。それで動物分類学から離れ、宍道湖で優占していた(湿重量で言えば90%以上を占めていた)、ヤマトシジミという二枚貝が窒素循環に及ぼす影響の定量化で学位論文を書きました。なので持っていた動物標本はほとんど無いに等しいのですが、それでもサンプルを末永く保管してもらいたい(=採取時、採取地にその動物がいたことの証明なのだから)との気持ちは強く、秋山先生のサンプルが博物館に収蔵されることになって本当によかったと思います。また秋山先生が地元でも活躍して親しまれていた研究者だったと知り、そういうお人柄だったから、見ず知らずの学生からのリクエストに丁寧に対応下さったのだと納得しました。
ちなみにNeanthes japonicaは2003年にヤマトカワゴカイ(Hediste diadroma)、ヒメヤマトカワゴカイ(H. atoka)、アリアケカワゴカイ(H.japonica)の3種に分割されたようです。Notomastusについては、「単系統ではなく混沌とした状況のようだ。」と、多毛類サンプルを引き取ってく下さることになった方から、下記論文を紹介いただきました。

(追伸)

鹿児島県甑島の貝池・鍬﨑池の貝類サンプルと、1980年代の宍道湖のヤマトシジミや中海の貝類サンプルは引き取り手が見つからないので、ここ数ヶ月で廃棄処分にしようと思っています。