2000年前後に生まれた修士の学生達に、1970年に水質の環境基準が閣議決定された背景を講義しました。
当時は高度経済成長による悪影響が社会問題化していました。「死の海」状態だったのは、四日市だけではありませんでした。
従姉妹の家がある生駒山から父の運転する車で自宅に帰る際、スモッグに覆われて大阪府は全く見えませんでした。光化学スモッグのおかげで校庭で倒れたこともありました。
水も空気も汚染されていると国民の多くが認識し、「公害列島」とも言われてました。
でも、こぎれいな今の日本より、あの頃の方が魚もトンボもたくさんいました。
農薬によって無菌室化しているのが、今の日本ではないかと思います。
特に魚やトンボが減る大きな原因となったネオニコチノイド系殺虫剤の使用開始は1993年なので、2000年前後に生まれた学生達にとっては、この無菌室化した日本が、「美しい」自然環境なのでしょう。
「ゆでガエル」にならないようにと本郷の水圏環境学、柏の水資源環境論で講義してきましたが、来週が教員として最後の講義になります。
