陸水学とは?

6月にカナダで開かれる2008 ASLO Summer Meetingのプログラムの中から、Plenary LecturesやAward Talksの要旨を読んでました。ASLOとはAmerican Society of Limnology and Oceanographyの略ですが、単にアメリカの学会というより、SIL(International Society of Limnology)と並ぶ、陸水学の国際学会的存在です。そこでの上記のような特別講演は、陸水学の伝統から最先端まで、コンパクトに聴ける、とても貴重な場なのです。
さて、そのうちの講演者紹介の中に、こんな文章がありました。
「XX is a limnologist cut from the Hutchinsonian cloth, where individual scientist learned the physics, chemistry, and biology of a system and then synthesized it into a vibrant picture of the whole.」
陸水学(Limnology)とは何か、とても美しく要約していると思います。
Hutchinsonianというのは、ジョージ・エブリン・ハッチンソン (George Evelyn Hutchinson、1903年-1991年)の弟子、シンパという意味でしょう。
ハッチンソンは大著A Treatise on Limnologyで知られる、アメリカの陸水学者です。
私が陸水学、ひいては水環境に関心を持ったのは、文科III類から理転したのは広く自然環境を学びたかったからなのに、たとえば生態学にしても、当時日本で周りの方が熱中されていたのは個体群生態学で、あまり総合性を感じなかったからです。唯一、地理の講義で聴いた陸水学と第四紀学は、これは面白い、これから環境問題に行政として取り組むことになったとき、基礎知識として役立ちそうだと思いました。そして大著「湖沼学」を書かれた吉村信吉先生は当時の世界の陸水学者に勝るとも劣らない総合的な学問を展開されていて、その吉村信吉先生が地理学教室出身であることに、とても感激しました。湖沼学は何度も読んで、要約がB5サイズの大学ノートに記録されています。
残念ながら今の日本では、地学が水環境を研究すると言うと、例えば環境を無機物、有機物に分け、無機的環境を調べるのが地学、有機的環境を調べるのが生物学と大まかに分かれているという、大変な誤解をされている方が、研究者にもおられるようです。こういう考え方ですと、たとえば雨が降って、それが地表を流れて水質が雨水から変化するとき、硝酸ですとかアンモニア(これはたとえ岩石だけの地表を流れるにしても、必ず微生物の影響を受けます)、果ては雨水中ではメジャーなカチオンである水素イオンさえ検討の対象とせず、カルシウムとかナトリウムなどといった鉱物から溶けてくるものだけを対象に水質を考え、これを水質形成機構と呼びます。
地鉱の分野での水との相互作用を考えてるのでしたらそういう議論もあってもいいですが、このような議論を「水環境、陸水学」と言っては、それは完全な誤りです。
私の研究室でやっているのは、冒頭の英文で紹介した、世界でも、これこそが陸水学とされている陸水学です(少なくともそれを目指しています)。ですので、ここに進学する学生さんが学部で物理を専攻していようが、化学を専攻していようが、全く問題ありません。ここに入ってから、修士の2年間でできる範囲でいいですから、「 individual scientist learnes the physics, chemistry, and biology of a system and then synthesizes it into a vibrant picture of the whole」という理想に少しでも近づくよう研鑽されてください。