自然再生事業でも環境アセスメントは必須

霞ヶ浦アサザ植栽事業では、大規模な環境改変事業であったにも関わらず、「順応的管理」を言い訳にまともなアセスメントをしませんでした。もし事業前に改変工事によって湖流がどうなるのか、底質や底生動物がどうなるのかなどを総合的に解析していたら、事後モニタリングで環境悪化を検知して対策を立てられたはずです。しかしアセスメントをしなかったために、モニタリング対象はアサザの繁茂面積など限定されていました。このため今でも、事業者はこの工事によって環境に悪影響を与えたとは認識していません(堆積物の泥質化、硫化物濃度の増加、二枚貝の消滅などはモニタリング対象ではないので)。
昨日のシンポジウムでは時間が無かったので話しませんでしたが、霞ヶ浦では「国内でアサザが種子生産できるのは霞ヶ浦だけである」「アサザの遺伝的多様性は霞ヶ浦が最も高い」との推進側の研究結果を根拠に霞ヶ浦でのアサザ保全は緊急を要するとされ、きちんとした環境アセスメントは行われませんでした。
アサザ保全が緊急を要する根拠として頂いた論文を見て、私は呆気にとられました(保全生態学研究14 : 13-24)。霞ヶ浦では異様にたくさんサンプリングをしているのに対して、他の水域では数サンプル程度、1サンプルしか取っていないところさえ何地点もあったのです。アサザが種子生産するには2型が交雑する必要があるのですから、1サンプルで種子生産できるかどうか、判断できるはずがありません。この論文は今でいうなら小保方論文で、追試が必要だと思いました。
小保方論文の追試は半年でできますが、全国でアサザを取ってきて遺伝子解析するには、半年では無理です。思い立ってから7年経ち、昨年ようやく追試が一段落しました。その結果、霞ヶ浦でしか種子生産しないとの主張はやはり間違いで、西日本で2型ある群落を見つけました。他の地域でも彼らが霞ヶ浦で調べたくらいに多数サンプルを取れば、2型あるところは他にもでてくるかもしれません。
また遺伝的多様性についても、彼らの主張が正しいと言えないことがわかりました(間違っていると主張するにはマーカーから開発する必要があるので、ここではこのような言い方でとどめます)。
このように本当かどうか追試もされていない(しかも一目でバイアスがかかっていることが明らかな)論文だけを根拠に、「アサザ保全は緊急を要する」として環境アセスメントもしないで消波堤を造成したことに、科学的な正当性は全くなかったと思います。保全を訴える側は、自分達が出した証拠を公平に評価はできません。公平に評価できない側だけの主張が「緊急性」を理由に検証も無く通ってしまうことを示したのが、霞ヶ浦アサザ植栽事業でした。
日本生態学会生態系管理専門委員会「自然再生事業指針」(保全生態学研究10 : 63-75 (2005))には「過去の生態系を構成していた生物種の組成と,これらの種を維持していた生育,生息場所の特徴を理解し,何がどう損なわれているかを科学的に解明することが重要である.しかし,これらについての十分な科学的解明を待っていては,対策が手遅れになるおそれがある.そのため,現段階での理解を示した上で,必要に応じて,後述の順応的管理の手法を用いるべきである.」
と書かれています。霞ヶ浦の湖岸環境の破壊につながったのは、まさにこの「順応的管理」という言い訳でした。かつて大型公共工事によって自然が次々に破壊されたのを教訓に、アセスメント法ができました。「順応的管理」は、この精神と真っ向から対立する、ご都合主義的な主張だと思います。上記の順応的管理の文章を治水対策工事(砂防ダム)による環境改変に当てはめてみました。順応的管理という言い訳が、アセスメント法の精神と対立することが理解できると思います。
「治水対策を講じる前に、その対策によって変化が生じる場所の過去の生態系を構成していた生物種の組成と,これらの種を維持していた生育,生息場所の特徴を理解し,何がどう損なわれる可能性があるかを科学的に解明することが重要である.しかし,これらについての十分な科学的解明を待っていては,いつ生じるか分からない土砂災害への対策が手遅れになるおそれがある.そのため,現段階での理解を示した上で,必要に応じて後述の順応的管理の手法を用いて,治水対策を早急に進めるべきである.」