2015~2018年度に科研費を頂いて行った「バイカル湖における富栄養化にともなう生態系変質リスクの検証」の報告書を先ほど提出しました。
バイカル湖は貧栄養湖なのに多くの魚がとれる生産性の高い水域です。その原因はサンゴ礁のように、共生藻を有する海綿が窒素固定をしているためとの仮説を検証することが、当初の目的でした。
2014年7月の初めての現地調査では、思った通り共生海綿に多くのヨコエビ類がたかっていて、「この子達の安定同位体比を測れば、国際誌受理間違いなし!」とホクホクしてました。
その2ヶ月後、共同研究者から「この前サンプリングしたところも含めて、共生海綿が死滅している!」とのメール。聞くと、それまでも兆候があった底生藻類の異常繁茂も範囲と規模が広がっているとのことでした。
死んだ共生海綿にリンが増えると繁茂しやすいラン藻類が付着していたこと、緑藻の異常繁茂はふつう富栄養化によって起こることから、原因は富栄養化だと考えました。
ところがバイカルの湖水からはほとんど栄養塩が検出されません。また富栄養化が原因となると対策を立てねばならなくなるので、ロシア政府は温暖仮説を主張する科学者を支持し、共同研究者は厳しい立場にありました。
これは外国人である私がガンバルしかないと、日本からパックテストを持ち込み、湖岸を掘って採水した間隙水の栄養塩濃度をその場で現地の方々に見せ、富栄養化であることを説明しました。その様子や琵琶湖での石けん運動を説明する様子がロシアのドキュメンタリー番組で放映され、バイカル湖が富栄養化しているとの認識がロシア全土に広まりました。
さらには世界の主な研究者の支持を得るため、ハワイで行われたAmerican Society of Limnology and Oceanographyに「Ecocrisis in Coastal Zone of Lake Baikal (Russia) : An Argument for Coastal Monitoring of Large Lakes」とのセッションを設け、周知を図りました。
本当に、宍道湖のシジミ復活プロジェクトも抱えながら、よくこれだけやったよと自分でも感心する4年間でした。今ではロシア政府も富栄養化が原因であることを認め、寒冷、かつ、小規模な集落が点在するバイカル湖集水域に適した下水処理システムの開発を行うことを決めました。
私は科学者ですが、人は時に、天の声みたいなものに動かされることがあると思っています。バイカル湖プロジェクトは、まさに天の声に導かれて展開したプロジェクトでした。