「忙しい」を言い訳にはしない

最近、ある方が出版したいと準備されている原稿の手直しを手伝っています。その方は抗ガン剤による治療中で、病院にノートパソコンを持ち込み、資料一切なし、ご自身の記憶だけでA4用紙120頁の原稿を書き上げてしまわれました。当然ながら、記載にだぶりがあったりして、そういう部分を校正しています。
先日、私の知識不足でどうしても意味が分からない部分があって、病室まで確認に行きました。「あなたも教授になって忙しいのだから、ほどほどにしてくださいね。」なんて、抗ガン剤治療を受けながら眠らずに原稿書いている方から言われて、はい、そうですか、なんて言えませんよね。
それにもともと私は、「忙しい」を。何かをしない理由には決してしないことにしています。どんなに忙しくても、やるべきことはやらなければならない。逆に、義理とか世間一般の慣行とかで、やるべき意義が薄れているのに回ってくる仕事なんかは、非常識と思われようと一切やらない。もしくは、一度やって意味が見いだせなかったら次回はお断りする、という方針を貫いてきました。
ですから、学生のみなさん(&将来私の学生になりたいと思っているみなさん)は、忙しそうだと遠慮して、質問を控えたりしないでくださいね。陸水学に関心のある方々と、ともに課題を考えることは、私にとってはすべて「やるべき」ことです。
いや、「やるべき」と書くと義務みたいですね。私にとって、「やるべきこと」=「生きているうちにやる価値があること」=「やりたいこと」です。だから、はためには「よくそんなに働いてもちますね」と言われるほどハードな状況が続くこともありますが、私がやっていることは全て「やりたいこと」だから、寝食削る日が続いても、全然平気なんです。