吉田正人著「自然保護 その生態学と社会学」

第1章のタイトルは「自然保護の歴史と概念」、続く第2章から第4章までは、森林、河川・湖沼、海岸・沿岸域の生態系の特徴を、日本の事例を踏まえて解説しています。また、関連する日本の法律についても言及されていて、2〜4章合わせてA5版60ページ弱で要所を簡潔・的確に押さえています。自然環境に関心のある高校生以上の方なら、基礎知識がそれほど無くても十分理解できる内容で、日本の生態系全般について知りたい方にはおすすめです。

第5章以降は「その社会学」に当たる面が中心になりますが、これについて、筆者と私とでは多少見解が異なる面があるようです。
例えば第6章「国際条約による生物多様性保全」では、2007年12月現在、かなめとなる生物多様性条約に189ヶ国と欧州共同体(EU)が締結していますが、アメリカ合衆国は未締結(例えば外務省ホームページ「生物多様性条約」参照)という事実が記載されていません(少なくとも、目立つところにはありませんでした)。
なぜ締結しないのか。それはおそらく二酸化炭素排出削減「と同じで、遺伝子資源の多様性保全を図るカルタヘナ議定書が、アメリカの国益にかなわないからだと思います。「ワシントン条約」などアメリカの地名がついた自然保護条約もあり、アメリカは自然保護先進国とのイメージを持っている人もいるかもしれません。しかし、地球環境を人類が守っていく上で、肝心かなめのところは、この超大国が異議を唱える実態やその背景の解説があっても良かったのではと思います。
また第5章「生物多様性保全と再生」では、そんなアメリカのイエローストーン国立公園は90万haを有し、400頭のグリズリーベア、170頭のカナダから再導入したオオカミが生息するのに対し、日本の保護地域は最大でも10万ha未満で、オオカミのような肉食動物が生息するには狭すぎるとの指摘がありました。
白人が北米大陸に侵入して先住民族を虐殺する以前は、現在のイエローストーン国立公園にも先住民族がいて、草食動物や肉食動物を適度に狩猟し、自然と共生しながら暮らしていたのではないでしょうか。
北極圏からアマゾンの熱帯雨林まで、人類は幅広い環境に適応し、それぞれの環境でサステナブルな文化を成立できたところではそれに見合った規模の集団で存続し、適応できなかったところではイースター島のような事態になっていたと思います。そこでヒトという種が育んできた文化を排除したアメリカの国立公園は、人類史を見据えた社会学から考えると、実はいびつなものではないでしょうか。そしてそのようなシステムを、生態学の原理だけを根拠にあらゆる地域へ適用するのは、注意を要する気がします。
こういったことについて「その生態学社会学」という副題をつけた本書だからこそ、「社会学」的な検討がもう少しあってもよかったかな、と思います。
順番が前後しますが、最終章は「地球の上でよりよく生きるには〜環境倫理」となります。環境倫理については、深く追求すると学位論文がいくつあっても足りないくらいのテーマになります(例えば海上知明「環境思想 歴史と体系」など、環境倫理の議論がどれだけ大変か、その膨大な文献だけで伝わってきます)。考え込むよりサラッと流し、最後に著者が勧めているように「自然を見る」「無理なくできる事から行動」「仲間を増やそう」と前に進むのが現実的だと思います。
この本は著者が教科書として利用することも視野に入れてまとめられたものということです。改訂の際には、第5,6章について、こんな考え方もあるという参考にしていただければと思います。

自然保護―その生態学と社会学

自然保護―その生態学と社会学