胎生期環境が出生後に人間に与える影響

化学物質問題市民研究会ニュースレター「ピコ通信」最新号(第122号)に、同会主催講演会の概要が紹介されていました。私が関心を持った文章の切り張りで、概略をお伝えします。

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タイトル:エピジェネティクスを介した環境一遺伝子応答とその発症メカニズム
講師:久保田 健夫(山梨大学大学院医学工学総合研究部環境遺伝医学講座)

われわれのDNA には、進化の過程で感染したウイルス由来と思われる配列が多数見られる。これらが活性化していては、到底われわれのからだはもたない。したがって不活化されなければならない.このシステムとしてエピジェネティクス機構が誕生した。

エピジェネティクスはもともと脊椎動物の感染防御DNA 機構として発達した。このシステムは、のちに染色体機能を司るまでに進化した。X 染色体不活化機構とゲノム刷込み機構である。エピジェネティックな遺伝子調節は具体的には、DNA の化学修飾(メチル化修飾)に基づいている。遺伝子のプロモーター部分(スイッチの働きをしている)のDNA 上にメチル基(CH3−)が付加されるとOFF となり、逆にこのメチル基が除去されると(脱メチル化)遺伝子はON となる。このメチル基の付加はDNA メチル基転位酵素によってなされる。

2004 年に、ラットの新生仔に母親から引き離すという精神ストレス負荷を与えると脳内の遺伝子のDNA の異常なメチル化が生じ、遺伝子発現が消失する(その結果、精神ストレスに弱い性格となる)という発表がなされた(注1)。

遺伝子の調節がエピゲノムで規定されているとすると、疾患へのなりやすさもエゲノムで規定されているという考え方も成り立つ。これは、近年よく研究されてきた遺伝子多型(DNA 配列の個人差)とは異なる新しい概念である。

エピジェネティックな変化は従来考えられていた程、生涯安定というものではなく、人生のさまざまな段階で変化、変容しうるとの考え方が出てきた。マット・リドレーの著書「やわらかな遺伝子」(注2)では、精神疾患統合失調症)の発症要因として「遺伝子」や、「年少期の環境」「感染(ウイルス)」「発達(シナプス形成)」「栄養」を挙げていた。これらの要因は精神発達にも関わりうるものであり、年少期の環境・感染・発達・栄養はいずれもエピジェネティクスとの関係が報告されてきた因子でもある。

環境と遺伝子をつなぐエピジェネティクス、この発想は今始まったばかりである。今後これが具体的に実証され、周産期(編集注:妊娠満22 週から出生後満7日未満)環境で生じたエピジェネティクス疾患に対し、すでに癌などで試されている脱メチル化剤やメチル化基質による治療や予防ができる時代の到来を期待したい。

注1 WeaverIC,CervoniN,Champagne FA,et al:Epigenetic programming by maternalbehavior NatNeurosci7:847−8542004
注2 やわらかな遺伝子:マット・リドレー著(中村桂子・斉藤隆央訳)紀伊国屋書店 2004
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