諏訪湖の生態系変化から学んだこと

水環境学会誌2009年5月号の特集は「水質浄化対策が引き起こす富栄養湖の生態系構造の変化と人の生活との関係」で、指定湖沼の中でも水質浄化が進んでいる稀な例として知られる諏訪湖がとりあげられています。
その総括にあたる花里孝幸氏による論文「諏訪湖の生態系変化から学んだこと」によると、1911年の諏訪湖水草はクロモ、ヒロハノエビモ、ホザキノフサモなどの沈水植物でした。そして水質浄化により復活した現在の水草は、沈水植物全体の100倍以上、浮葉植物のヒシが繁茂しているそうです。1911年当時は記録さえされていなかったヒシの大繁殖について花里氏は、
「水質汚濁問題が発生する前は、湖水の透明度が高く、底質には砂が多かったため、沈水植物が広く繁茂していた(中略)。1999年以後は、透明度が上昇したために水草が回復し始めた。しかし湖底では、湖が富栄養状態にあった間に多量に生産された有機物が堆積し、底質は有機泥が主体となった。その結果、以前には優占種にはならなかったヒシが繁茂するようになった。すなわち、昔の水草帯の回復には水質の改善だけでなく、底質の回復が必要となる。そして、底質の回復は水質改善よりも遅くなる。」
とまとめています。
花里氏はさらに、水質浄化に効果があるとされる沈水植物も、今では岸に流れ着いた枯れ水草が問題になっていることを紹介しています。同じ号に、琵琶湖では沈水植物の復活によって、水質汚濁以前には存在しなかった問題が生じていることが紹介されています。
一度攪乱された自然が元の状態に戻るというのは、幻想ではないかと思います。攪乱されてから想定される状態に戻す間に、必ずタイムラグがあります。その間に環境自身も人間社会も、何らかの変化があります。ですから、現在、良い状況にあると考えられる自然環境を改変しないことが原則で、「代替地」とか「自然再生事業」などに過度に期待をしないことが重要だと思います(そういう意味で、小学校などにビオトープを作る教育って、ちょっと違うんじゃないかなと思います)。
ところで霞ヶ浦アサザ増殖事業では湖岸に防波堤を築いて、砂地だったところを、わざわざ泥がたまる環境にしました。そうやって、ヒシのように泥を好む植物を増殖させることが水質浄化事業と誤解されることになったきっかけは、水環境の専門家でない団体が約1年間程度だけ湖岸から水を観察してアサザの減少に気付き、「これを復活させたら水質が浄化される」と提唱したことに端を発するようです。それがどうして公共事業にまでなってしまったのか、自然科学者としては理解を絶するところです。
最近は日本でも、浮葉植物が水質浄化に寄与するという見解はマイナーになりつつあると思います。あと5年以内に、「絶滅危惧種増殖事業が引き起こした富栄養湖の水環境変化 アサザ増殖事業に学んだこと」という特集がでてくるんじゃないかなぁと楽しみにしています。