ヒシによる水質浄化効果???環境省の解説から

平成17年に中央環境審議会が提出した「湖沼環境保全制度の在り方について(答申)」には「4 今後推進すべき施策と制度の在り方( 2 ) 自然浄化機能の活用の推進」として「抽水植物や沈水植物等の水生植物は、湖沼の生態系の保全など多様な役割を持つほか、富栄養化の原因となる栄養塩類を吸収することなどを通じ植物プランクトンの増殖を抑える等の浄化機能を有しており、湖沼の水質浄化にはその機能を活用することが重要である。(中略)植生による自然浄化機能を維持、増大させていくためには、水質が汚濁する以前はどのような生態系であったかを検討した上で、本来その場に生育していた種を原則として、定期的に刈取りを行う等維持管理の徹底と植生の規模拡大を行うことが必要である。」と書かれています。
この記載は、一般の方が読むとこれらの植物が水中から栄養塩を吸収するように誤解する部分がありますが、方向としては間違っていません。抽水植物(ヨシ、マコモ、ヒメガマなど)や沈水植物(クロモ、エビモなど)は根から窒素やリンを吸収するので、植物プランクトンが吸収する水中の窒素やリンを直接減らす効果はありません。しかし湖底から溶出する窒素やリンの蓄積を増やさないという意味では効果があります。ただし、上記に書かれているように、刈り取りなどの除去を人間が行わなければ、効果は全くありません。
ところが平成19年に環境省が出した「逐条解説湖沼水質保全特別措置法」の62頁には次のような驚くべき記載があります。
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(1)植物(湖沼の水質の改善に資するものとして環境省令で定めるもの)
湖沼水質保全特別措置法施行規則第13 条において定められており、次の植物の中から湖沼の特性に応じて都道府県知事が定めるものとされている。
湿性植物:十分な水分供給の立地にも耐えうる陸上植物(例)アヤメ
抽水植物:根が水底に固着し、植物体の一部が水面を突き抜け空気中に出る植物(例)ヨシ、マコモ
浮葉植物:根が水底に固着し、水面に浮く葉を展開する植物(例)ヒシ、アサザ
沈水植物:根が水底に固着し、植物体全体が水中に沈む(例)エビモ、ササバモ
浮遊植物:根が水底に固着せずに浮遊する植物(例)ウキクサ
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なぜヒシやアサザなどの浮葉植物に水質改善効果があるとしたのか、63頁の図を見ると、大変な誤解をしていることが分かります。


「逐条解説湖沼水質保全特別措置法」63頁から


まず、アサザとおぼしき丸い葉の浮葉植物が、葉から養分を吸収すると書いています。小さい丸で表されているウキクサについては根も水面近くにあるので正しいですが、湖底に根があるアサザについては間違いです。また枯死した植物体は湖底に回帰するとしています。であれば、枯死した植物プランクトンも湖底に回帰するはずですから、何の問題も起こらないのではないでしょうか。
植物プランクトンの増殖がなぜ問題になるかと言えば、枯死したものが湖底に回帰するのではなく、バクテリアが湖底上の酸素を消費して分解するので、酸欠になるからです。また水面で植物プランクトンが増えると光が湖底に届かず、沈水植物が育ちません。沈水植物は魚類の産卵や動物プランクトンの住み場所としての機能があり、湖沼生態系の維持にとって重要な植物です。この図からも容易に想像できるように、植物プランクトンがもたらす遮光と酸欠は、アサザやヒシが増えることでも生じます。逆に浮葉植物に水質浄化効果があるのならば、植物プランクトンにも同じ効果が期待できるということです。さらには「逐条解説湖沼水質保全特別措置法」には刈り取りなどの維持管理をしなくても水質浄化効果があると明言しているので、植物プランクトンも放置すればよいということにつながります。
なぜ中央環境審議会では抽水植物と沈水植物に限定され、さらには刈り取りなどによって水質浄化機能があるとされていたのに、「逐条解説湖沼水質保全特別措置法」にヒシ・アサザが入り、科学的にあり得ない水質浄化機能が加わったのか。せっかく審議会で科学者が厳密に議論しても、実行段階でこのような非科学的な対策が書かれていては、審議会制度そのものの否定につながりかねないと思います。環境省の担当者の思いつきでこのような内容を加えることは考えられず、「専門家」とされる一部の関係者の思惑が反映したのではないかと想像します。
このブログでたびたび指摘しているように、例えば植物生態の専門家は、水質についての理解が相当不足している例が目立ちます。種多様性や生態系保全などについてはいざしらず、水質保全という観点からは、今後は実行段階においても、こういった図を見過ごさないような水質の専門家が関与するようにしていただければと思います。

(追伸)
霞ヶ浦では水質が最も悪化していた1980年代のアサザの分布を根拠に、再生事業が強行されました。答申の趣旨が実行段階まで正確に理解されていれば、浮葉植物を水質悪化後の分布を主な根拠に植栽するなどという、暴挙に近い事業が行われることはなかっただろうにと思います。