「科学技術基本政策策定の基本方針(案)」を読みました。例えば27ページには「国及び地方の行政機関においては、博士号取得者が、その専門性を活かして活躍できるような取組を一層促進していくことが求められる。」とありました。また28ページには「大学は、大学の人事の方針に基づき、例えば、一定年齢(50歳)を超えた研究者に対する教育研究能力の再審査や別の給与体系への移行など大胆な人事や給与費全体の合理化・効率化を実施することが期待される。」とありました。現在PDをつないで研究を続けている若手の方が教授よりも国際誌の本数が多いなんてことは、おそらく多くの大学で起こっていることだと思います。ですので、これは正論だと私は思います。
でも実際には、例えば地方自治体については7月19日記事で紹介したように、環境関係のスペシャリストが定年になっても補充はせず、研究所を廃止する方向に進んでいます。50歳を超えた研究者の再審査についても、大学がそれを行うかどうかを当の教員が決めるのですから、大反対にあって没、の可能性が高いでしょう。
それでもというか、だからこそというか、あえてこの基本計画に明記しておくことは大切だと思います。これを書いた人も、困難ではあっても、そうやって人を育て守っていくことが日本の科学技術を守り、ひいてはそれが私たち日本人を守ることになるのだと、あえて示し続けようとしたのではないでしょうか。
なぜなら、この文書では「人材」ではなく「人財」と書いているからです。国語として正しいのは「人材」です。私はこの言葉が嫌いで、あえて「人財」と書いてきました。人は取り替え可能な材料ではなく、財産だと思うからです。内閣府の公文書にあえて「人財」を使った気配りと心意気を、評価したいと思います。