意外に思われるかもしれませんが、私の最初の学術論文(共著)は、先のと元禄のときの関東大震災における地震隆起の見積もりでした。職場(もと地質調査所、現、産総研第7事業所)でも東北の湖沼で共同で柱状堆積物を採取した同僚は、津波堆積物の専門家でした。
そういう環境にいたので、東北で今回級の津波が来る可能性が「貞観地震」として発表されていたのも聞こえてきました。この地震が起こり、停電が回復してようやくテレビを見たら、避難した方々が撮影した津波の様子ばかり流れていたので、そうか、こうやって自分の家が流れていくのを見ている人がいるということは、今回級のが来るとここまで津波が来るということが伝わっていたのかと思いました。しかしそれはとんでもない勘違いだったことがまもなく分かりました。
次に考えたのは、では研究者は東電や行政に伝える努力を怠っていたのかということでした。しかし産経新聞の記事を読んで、そうではなかったことが分かりました。研究者は行政に対して必死に、このような惨事が起こることを説明していました。もちろん、だから沿岸からすぐに建物を移転するなど無理ですが、避難先を変えるくらいの防災対策の見直しはすべきだったのではないでしょうか。
今回のような犠牲は、自然科学、特に地学を一般教養として高校までは必修にしない限り、規模を変え発生し続けるでしょう。必ずしも理工系ではない行政や東電幹部が重要性を認識しない限り、地学が訴えても理解する能力がないからです。100年、1000年スケールで起こることは、起こった時にはとても大規模になります。どういうことが起こるのか、地学は示すことができるのに、理解されないまま対策は後手に回ります。
腹立たしいのは、東電です。万が一があったら取り返しがつかない施設を管理している以上、指摘を受けたら対策を考えるべきではなかったでしょうか。「絶対に安心」と言うからには、少しでも危険性があれば、できる限りの対処をしておくべきではなかったでしょうか。
以下のURLに東電の対応が書かれていました。一部抜粋します。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110328/dst11032819280054-n3.htm
「東電は平成21年6月、国の耐震指針の見直しを受け、福島第1原発の耐震性の再評価を原子力安全・保安院に報告。この審議過程で貞観地震の危険性を指摘されたが、「学術的な見解がまとまっていない」として、津波想定の見直しを先送りしていた。」
貞観地震の危険を訴えていた産総研の研究者の記事は、「「研究成果を生かせなかった…」貞観地震の研究者」というタイトルで、下記2頁で紹介されています。全文ペーストします。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110328/dst11032819290055-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110328/dst11032819290055-n2.htm
「貞観地震の再来だ」。東日本大震災が起きた今月11日、超巨大地震のデータを目の当たりにした産業技術総合研究所の宍倉正展さんは「背筋が凍りつくような恐ろしさを感じた」と振り返る。宍倉さんらは宮城、福島両県のボーリング調査などから、869(貞観11)年に東北地方を襲った巨大地震・津波の実態を解明し、「いつ、再来してもおかしくない」と警鐘を鳴らしていた。だが、日本の災害史上最大規模の地震・津波は、研究成果を防災に生かそうとする途上で襲ってきた。
「なぜ今、起きてしまったのか。1千年単位の長い周期のうち、たった数年待ってくれれば、防災対策を立てられたのに…」
産総研で海溝型地震歴研究チームを率いる宍倉さんは、声をつまらせる。
貞観地震の研究に着手したのは平成16年。宮城、福島県の沿岸の地層をボーリング調査で解析し、貞観地震の津波が運んだ砂の層の分布から津波の到達域を特定。太平洋沖を震源とする巨大海溝型地震が、大規模な津波を起こしたことを突き止めた。
岩手県や茨城県ではボーリング調査による津波堆積物の特定が難しく、海水は砂層よりも内陸まで到達していたはずだ。「それを考慮すると、貞観地震の規模はマグニチュード(M)8・3より大きい」と推定。ボーリング調査では、東北地方は500〜1千年の間隔で、繰り返し巨大津波に襲われていることも判明した。
直近の巨大津波は、貞観か室町時代(14〜16世紀ごろ)で、「いずれにしても、いつ起きてもおかしくない状態にある」と結論づけていた。
「防災に生かさなくてはいけない」
政府の地震調査研究推進本部に報告した成果は「海溝型地震の長期評価」に盛り込まれ、4月にも公表されるはずだった。推進本部は今年に入ってから大きな被害が予想される自治体に赴き、貞観地震再来の危険性を説明。しかし、自治体の防災担当者は「そんな長い間隔の地震は、対策を練っても仕方がない」と、鈍い反応だったという。
「研究者自身が説明しなくてはだめだ」。宍倉さんは今月23日に、福島県の防災担当者に直接説明する予定だった。「絶対に、対策の必要性を理解してもらわなければ」と意気込んでいた矢先の3・11−。
研究成果を防災に生かせなかったことが無念でならない。「1千年スケールの災害が起こり得ることを、行政の人たちも分かったと思う。同じ思いはもうしたくない」と、宍倉さんは声を振り絞った。