もう自然再生事業にだまされないために(2)

ここではアサザ基金によるアサザ植栽事業に対して「アサザという植物を絶滅から救った」との評価は本当かを検討します。
2012年7月24日記事で、下記を書きました。

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私が霞ヶ浦でのアサザ植栽を批判していることについて、絶滅危急種の保全という点からはアサザ基金がやっていることに意義があるのでは、という意見をいただくことがあります。アサザ保全すべきという点ではその通りで、だからこそ私はアサザ基金のやり方を批判しています。彼らがやっていることは、アサザ保全になっていないのです。
各地のアサザの状況、そして霞ヶ浦での聞き取りから、アサザ基金が植栽を繰り返していたところは短期的にアサザがいたことはあっても、定常的に住みやすい環境ではありませんでした。だから消えたのです。それを水位操作や護岸工事とか、証拠もなく公共工事が原因と決めつけ、本来の生息環境とはどういうところかを検討するという、保全を考える上での基本を怠ったのがアサザ基金の活動です。彼らは保全とはほど遠い煽動に子供達を巻き込んで、本来は二枚貝がいた砂地にアサザを無理矢理植えさせるなど、環境破壊に荷担させたと言えます。

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上の記事では関西のアサザを紹介しています。霞ヶ浦で地元の方が言われていたように、関西でもアサザは川や水路にいました。ため池にはいましたが、琵琶湖の湖岸にはいませんでした。では現在の霞ヶ浦はどうか、まず川を2日間調べましたが、コンクリート3面張りだったり、河口が深掘りで固定されていて、アサザが生える雰囲気はありませんでした。
昨日は湖岸の調査をしていたのですが、ふと水路を見たらアサザがいました。このことは、地元の方が言われていたように、霞ヶ浦流域でも他の地方同様、アサザは主に水路や川を生息地としていて、霞ヶ浦にはたまたま流れ着いて大きくなったことがあるだけ、という可能性を支持しています。

アサザは水路や川など攪乱の大きい場所を住み場所にしているので、侵入先が適した環境だと、爆発的に増える性質を持っているようです。例えば「藤井伸二.1995.1993・1994年に採集された琵琶湖産水草標本目録と分類・生態ノート.自然史研究 2: 153-166.」には下記の記載があります。ここでも琵琶湖の湖岸ではなく、河口にいたことにご注意ください。

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安曇川北流河口左岸では,1992年に直径30cmほどの小さなパッチが1つ見られたが、1993年の秋には直径1〜5mほどのパッチが4ヶ所に広がり、1994年には直径10m近いパッチが3ヶ所となった。5年ほど前の航空写真からはここが河川改修で裸地だったことが読み取れ、比較的短期間のうちにアサザ群落が成立したことが明らかになった。なお、同地に河川改修以前からアサザ群落があったかどうかは過去の記録がなく、不明である。新旭町藁園の菅沼内湖(新旭風車村)では、1993年に内湖南部の湖面をアサザがびっしりと埋め尽くしていたのを観察している。

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その後の継続観察では、1996年前後に一面の大群落が形成されたものの、植生遷移によって2000年頃には消滅し、現在はヤナギ林の林床となっているとのことです。ここでは短花柱花と長花柱花の混生群落が成立していたそうです。
アサザが絶滅の危機にあり、霞ヶ浦だけに短花柱花と長花柱花があるので種子繁殖できると報告しているのは、上杉ほか(2009)日本における絶滅危惧水生植物アサザの個体群の現状と遺伝的多様性.保全生態学研究14 : 13-24 です。この論文ではサンプルのかなりの部分が霞ヶ浦産で占められています。例えば、短花柱花と長花柱花の両者が見つかった地点でのアサザの展葉面積は4000平方メートルで、ここでは57サンプル採取し、10ジェネット得られています。しかし他の地域では3000平方メートル前後で2サンプルとか4サンプルしか採取していません。さらには、近畿地方の解析集団数がたった4箇所など、地域的な偏りもあります。霞ヶ浦におけるアサザの遺伝的多様性の高いことは間違いありませんが、他地域のアサザについては解析集団数とサンプル数に起因する過小評価の可能性があります。つまり,霞ヶ浦以外の集団の遺伝的多様性が低いと断定することはできません。また,個体群内の花型については長期的な観察と十分な数の観察が不可欠ですから、上杉ほか(2009)の示した単型花個体群についての再検討が望まれます。
2007 年8 月に発表された最新のレッドリストアサザが絶滅危惧II類から準絶滅危惧種に変更されていることについて上杉ほか(2009)は「霞ヶ浦ではアサザ保全対策が開始されており、その成果で一部の場所で展葉面積が回復したことも寄与している可能性がある。」としていますが、この推定は間違いと思われます。全国的に見れば、アサザは絶滅に瀕している状況とはとても言えないから、格下げされたのでしょう。このことは,上杉ほか(2009)に示された全国の産地の展葉面積からも理解できます。佐賀県ではアサザが水路で侵略的に増殖しているそうです(佐賀県アサザについては、今年の水草研究会で発表が予定されているとのことです)。
もちろんアサザはまだ準絶滅危惧種ですし、川や水路がアサザに住みづらい改修をされているのは確かです。しかし霞ヶ浦の湖岸でアサザを植栽することが、アサザを絶滅の危機から救ったとするのは誤りだと思われます。なぜならアサザは波あたりの強い湖沼で安定して生息するものではなく、水路や川、波あたりの弱いため池などの攪乱環境において繁茂と消滅を繰り返す植物と考えられるからです。絶滅を防ぎたいのならば、川や水路をアサザが住みやすい環境にすべきです。そして霞ヶ浦「だけ」が遺伝的に多様で種子繁殖できるという既報の結果は、再検討を要する内容なのです。私たちは今その再検討作業を行っていますが、少なくとも「霞ヶ浦だけが種子繁殖できる」というのは誤りです。
なぜ保全生態学者が、早とちりとも言える発表をしてしまったのか。ここでも昨日書いたように、水界生態系に関する基礎知識が乏しく「植生教」の先入観にとらわれていたことと、地元の住民や科学者によるローカルな知を受け入れようとしなかったことに原因があると思います。
これからも各地で保全再生事業が行われると思いますが、水界生態系は一般の方に見えない部分が多いので、間違った先入観にとらわれる可能性があります。水環境の専門家は一般の方に分かるように知見を広める努力をする必要があると思いますし、保全生態学者は特定の住民の意見に頼るのではなく広く地元の方の知を学ぶ姿勢と、環境に対する基本的な知見が求められると思います。

(追伸)
「植生教」という表現について、「教」をつけた理由は、特定の考えや生物を神格化してそれらの真偽や正当性の再検討をせずに「盲信する非科学的態度」を批判するためと私は理解しているが、○○教という表現はレッテル批判として周囲に誤解される恐れがあるのではないか。「○○を絶対視したり○○至上主義になるあまり,一種の宗教的な様相を呈している」というような正確な表現にされる方がよいのではないかというコメントをいただきました。
別の方からも、「植生教」という表現は強いレッテル貼りであり、その考えを採用し消極的に支援を行った事のある方々にも不快感を与えるので方策として望ましくないのでは、とのコメントをいただきました。
ご指摘のように、これまでに支援を行った方の反感を買う強いレッテルだと思います。そういう強いレッテルなので、今後、同様のことが別の植物、別の地域で起こるのを防ぐ効果は、多少期待できるかと思いました。
もちろん、植栽することがアプリオリに悪いという意味ではありません。植生帯を造成する事業によってどういうことが起こるのか科学的にきちんと評価して、コンセンサスを得てから行うべきだとの趣旨です。