若かった頃の西條先生

西條先生の奥様の自伝を頂きました。1952年の血のメーデーにお二人で参加されたとあり、驚きました。本庄工区干拓問題では「若い間は学会以外で発言しない方がよい」と、マスコミ対応などは全て先生がして下さっていたからです。きっとご自身がいろいろご苦労されたから、気遣って下さったのだろうと思いました。
西條先生は地理の大先輩ですが、師弟関係にはありません。それでもいつも色々気にかけてくださっていました。著書「貧酸素水塊」も、先生からいろいろご教示いただいて、何とか出すことができました。
私が所属する専攻は地理と農学系とで構成されていますが、亡くなった偉大な先輩方達がもし今の状況を見たら、激怒されると思います。本当に、情けない限りです。