ファンタジーでは守れない

八郎湖流域管理研究,4,45-47 (2016)の報告の中に、「NPO法人アサザ基金代表理事を務める飯島博氏」の言葉として次の記載がありました。
「“保全活動を行う人々が持つ『今の自然を変えていきたい!』という夢や理想”ファンタジーがある人が集まり活動を起こせば、答えのない問いかけに対するもやもやした気持ちも、いつか形になる。」
どこまで飯島氏の意図を正確に記載しているかは分かりませんが、仮にこの報告の筆者が八郎湖の水質を改善したい、環境を保全したいと思っているのでしたら、「ファンタジー」は百害あって一利なしです(因みに「fantasy」は一般に、空想・夢想・幻想と訳されます)。
改善とは「現状は過去のある時点、もしくは一般的に問題ない状態より悪い状態にある」との認識に立って、現状よりよい状態に変えることを指します。人間で言えば、ケガや病気などで健康を失った人を健康に戻すための治療を行うなどです。そのためには現在のどこがどう障害になっているか、原因は何なのかを、様々な検査や問診などで分析し、それを治療するにはどのような方法があるかを具体的に検討します。そして、最も悪影響のない方法で原因を取り除くと共に、問題のある機能を補う治療を施します。これらはいずれもエビデンスとその科学的な理解でサポートされています。ファンタジーで処置されては、助かるものも助かりません。
人の健康がかけがえのないように、自然環境もかけがえがありません。かつて「霞ヶ浦アサザを植えれば水質が浄化する」などというエビデンスに基づかないファンタジーを主張した書籍が出回りました(鷲谷・飯島共著「よみがえれアサザ咲く水辺―霞ケ浦からの挑戦」)。そしてアサザ植栽によって霞ヶ浦の自然は保全されたどころか、このブログの右側にあるカテゴリー「アサザ基金の欺瞞」で紹介しているように、二枚貝を始め多くのかけがえのない生き物達が、霞ヶ浦から消えました。

環境保全に必要なのは、思い込みや政治に妥協しないサイエンスです。ファンタジーではないのです。

(追伸)
一般市民だけでなく行政にも「沈水植物がゆらぐ八郎湖ではアオコは発生しない」というファンタジー(=幻想)が広まっているようです。9月に秋田県で開かれる水環境学会シンポジウムでは、沈水植物繁茂によって大変なことになっている琵琶湖や宍道湖の例を紹介して、ファンタジーを重んじる危うさを指摘しようと思っています。