日本の水辺にはもっと虫がいた

今日の山陰中央新報で、私の研究が紹介されました(末尾の写真)。
宍道湖では1992年まではオオユスリカという昆虫が大量に羽化し、車がスリップしたり、前が見にくいなどの被害が出ていました。今はオオユスリカは全く生息していません。この虫は貧酸素にとても強く、富栄養化した世界中の湖沼に生息しているのに、です。
実は自宅近くの霞ヶ浦でも、同じ頃にオオユスリカが発生しなくなりました。それで「もしや殺虫剤が原因では?」と他の湖沼も調べたところ、諏訪湖でも琵琶湖でも1990年代半ばにオオユスリカが激減し、現在に至っていました。日本は欧米と違い、主食が米なので、水田にまかれた農薬が地下水経由ではなく、直接、河川や湖沼に流入します。なので日本の平野部の水環境では、水田からの農薬が生態系への脅威になる可能性が非常に高いのです(それは同時に、私達の飲料水にも様々な農薬がそのまま、もしくは分解した形で混ざっていることを意味します。実際、かつて新潟県で農薬が原因のガンが多発したため、除草剤CNPが禁止されました。水道水中のCNP濃度は河川水と同じでした)。
年末に行った集中講義は修士の日本人学生が聴講していました。この世代は、日本の水辺にはかつて虫がたくさんいたことを知りません。あなた方が見ている水風景は本当の自然ではないと話すと驚いていました。
実は彼らだけでなく、生態学会などの大物の先生方も都会で育っている方が多いのか、改修される前の河川(礫河原やワンド)や大きな湖沼の本来の湖岸を知りません。だから霞ヶ浦にはアサザが咲いていた、護岸工事のせいで波当たりが強くなったからアサザがいなくなったなどとデタラメを吹聴しまくったのでしょう。
今はさらにその弟子の世代が自然再生などと言っているのを聞くと、寒気がしてきます。洪水も、ワンドも、護岸工事前の湖沼環境も、魚がたくさんいた田んぼも知らない、文献などで知っているにしても、実際にそこでどろんこになって動物を追っていた経験がない世代です。霞ヶ浦の自然が最もひどいことになっていた1980年代(日本が公害列島と言われた頃)にアサザが異様に増えたのですが、それを再生目標にするような愚をまた犯すのではないかと気がかりでなりません。せめて、人の影響が非常に少ない海外の水環境くらいはきちんと把握してから、本来の自然、再生目標とすべき自然は何かを模索してほしいものです(例えばバイカル湖に行けば、大湖沼は本来波が高く、浮葉植物が生える環境ではないと分かったはずです)。