大学に移ることに決めたのは、いくら国際誌に論文を載せても、日本の水環境はよくならないと痛切に感じていたからでした。東大教授だと、本当は水環境を悪化させる結果になることなのに、非科学的な説を展開して、水環境をよくするのだと通してしまうらしい。ならば自ら東大教授になって、自然科学に基づいて、この国の水環境を望ましい形で子孫に残す仕事をしよう、と思いました。
特に出身の地理が移転した先で、陸水学を展開するように言われたのが魅力でした。来てみたら学生時代同様、基本的な装置は何もなく、実験室そのものさえ満足な環境ではありませんでした。陸水学を専門にした先輩方が東大地理から出ていったのは、化学分析に対して無理解に近いものがあったからでした(故・西條先生もその点をとても心配されていました)。でもそれはいつかはきっと何とかなる(=地理にも化学分析のある程度の素養は必要ということを理解してもらう)。むしろ、理学全般の基本から総合的に現象を把握する、真に地理的な考え方を学生に伝えることが大切だと思いました。
それは講義で伝わるものではありません。現場の問題をどうみるか、それをどう研究課題として解決に向かわせるか、共にフィールドという場にあること、そして私自身が専門分野の最先端に常に立って、世界の動向を把握し、研究を展開していることが大切です。
大学では研究ではなく教育が大切と考える方もいるようです。私は両方が大切だと思います。特に東京大学で、かつ理学系である以上、専門分野では世界標準にいることが不可欠です。そういう基礎がないのに、極めていい加減な発言をしていた方がいたことに、私は憤慨していたはずです。
1年様子を見て、自分が正しいと信じることを貫くと結構な対立を招きそうだと予測できるようになりました。まあしかし、これまでの人生でも深刻な対立は何度かありましたが、幸い負けた記憶はありません。たぶんそれは、私が対立するのは自分の都合のためではなく、いつも必ず、この国の子供達の為に負けるわけにはいかない、という信念があるからだと思います。そして今年度は初心にかえり、世界に通じる研究を展開することで学生さんにも学んでいってもらおうと思います。