小野有五著「たたかう地理学」

公害問題(環境問題)の解決に貢献できる職につきたいと考えていた私が、なぜ文科III類から理学部地理学教室に進学したのか。本書第1章の冒頭には、地理に対する私と同じ考えが書かれていました。
「つねに変わらなかったのは、まず現場に立つ、歩いてみる、ということであった。地図を読み、現地に行って、そこにある自然と、そこにいる人間をともに見るということであった。地理学が、ほかの学問分野に比べて優れている点があるとすれば、これしかないのではないか、と思う。行動する学問はほかにもたくさんあるが、地理学がもっともすぐれていると思うのは、地理学だけが、そのすべてをやってのける力をもっているからである。」
本書は小野有五先生が「行動する地理学」(本書の英題はActive Geography)という観点からそれまでに書かれた文章を再構成したもので、第1章はフィールドワークに関する文章が紹介されています。同じように霞ヶ浦宍道湖を見て、なぜフィールドワークが不可欠なはずの生態学者の一部が「護岸工事によってアサザ、ヨシが減った」と主張し、私がそれはデタラメだと見抜けたのか。本書第1章の下記あたりを読めば、何となく分かるのではないかと思います(陸水研のフィールドワークで、なるべく複数のテーマを同時進行させたり、自分のテーマと全く異なるテーマのお手伝いをしてもらっているのはこのためです)。
「アカデミズムの学問、プロフェッショナルなものを目指す学問が、自らの専門を狭く規定し、他の領域には目をつぶることによってお互いを成り立たせているのに反して、フィールド・ワークに徹する学問には境界がない。すべてはつながっているからである。」
既に環境問題に関わっている研究者には、実際に小野先生が環境問題解決に向けてどのように行動してきたかが紹介されている第2章以降が参考になると思います。河川開発と原発が中心ですが、例えば記者会見を有効に行うコツ(第4章)や、裁判所に提出する意見書の書き方(第6章)など、私にとっては初めて得られた情報でした。
なお本書では地理学者に対する批判が前面に出ていますが、近いところにいる人々だからこそ厳しく見えてしまうのかと思います。例えば本書でも原発問題に関連して、渡辺満久氏や鈴木康弘氏(東大地理の先輩です)が積極的に行動している例が紹介されています。また河川開発問題に地理が関わって来なかったとの主張も、半分が正しいです。長良川河口堰問題に積極的に関わって来られた西條八束先生は東大地理の出身で、若い頃には地理学評論にも論文を掲載されていました。陸水学が地理学会でマイナーになる中、西條先生は陸水学会に軸足を移し、学会として河口堰に反対する声明を提出されました(私が記憶する限り、陸水学会が環境問題に関して声明を出したのはこれが唯一です)。

たたかう地理学―Active Geography

たたかう地理学―Active Geography