農薬工業会がTBSのネオニコチノイド報道を批判

11月6日(土)17:30からTBS「報道特集」でネオニコチノイド系殺虫剤の問題点が紹介されました。(11月16日追記:上記ティーバーは公開期限が切れたので、下記YouTubeでご覧ください)

この番組に対して農薬工業会がホームページに反論を掲載しました。

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私のScienceに掲載された論文「Neonicotinoids disrupt aquatic food webs and decrease fishery yields」に対しても反論を書いておられるので、農薬工業会の反論に対する見解を紹介します。私の見解を太字で示しました。

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山室教授の論文では、ネオニコチノイド系農薬販売量と動物性プランクトン減少・漁獲量の間の相関性が図で示されています。島根県内のネオニコチノイド系農薬販売量は、1993 年~1998 年の6 年間は約 150 キロ/年程度で推移し、1999 年に700 キロ/年に急増し、その後直線的に増加し、2012 年~2016 年の5年間は約3,700 キロ/年と一定の量に達しています。一方、動物性プランクトンの推移は、減少傾向は1993 年の 10 年以前から続いており、1993年に底打ちとなっています。また、ウナギ及びワカサギの年間漁獲量は、1993 年と1994 年の間に激減し、その後は低位に推移していることが示されています。すなわち、ウナギ及びワカサギ激減時期とネオニコチノイド系農薬販開始時期の一致が示されているだけです。1993 年~1998 年の最初の6 年間のネオニコチノイド使用量がごくわずかな量であるため、1993 年以降の漁獲量の激減と真の相関を表すとは言い難く、両者の相関関係が科学的に明確に示されたとは言えないと考えています。

→ 私はネオニコチノイドが直接、魚に毒性を示したとは主張していません。ですので、ネオニコチノイドの使用量とウナギやワカサギの漁獲量は、そもそも相関を示すはずがありません。

私の論文を予断なく読めば分かると思いますが、ワカサギの餌である動物プランクトンは、宍道湖ではキスイヒゲナガミジンコ1種でほぼ占められます。その動物プランクトンの減少傾向が1993年の10年以前から続いていると主張されていますが、下記が動物プランクトンの生物量の推移です。この図から1993年5月を境に激減しており、それ以前の「減少傾向」なるものと全く異なる状況になっていることが明らかです。

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次に、ネオニコチノイド系農薬への暴露量と対象生物の感受性の関係が示されていません。ネオニコチノイド系農薬は低濃度で水生無脊椎動物に悪影響することが知られているとするのみで、対象生物に対するネオニコチノイド系農薬の毒性の程度及び暴露量(濃度)は示されていません。山室論文では、2018 年に検出されたネニコチノイド系 農薬4 種の濃度の合計値は最大で 0.072μg/L と報告されています。この検出値は、環境省が生態系保全の観点から適切なリスク管理を行うために定めた「水域の生活環境動植物の被害防止に係る農薬登録基準」の 1%程度となり、基準を十分に下回る濃度です。

→ 環境省が全ての水生節足動物を対象にして決めた基準ではありませんから、例外的に低い濃度で影響を受ける動物が存在する可能性を否定できません。番組でも紹介されたように、宍道湖ではトンボの1種も1993年を境に消えました。また宍道湖漁協のホームページに掲載されている漁獲量をご覧になれば、節足動物であるエビ類の漁獲量も1993年を境に激減状態が続いていることが分かります。このように、ネオニコが対象にしている昆虫類を含む複数の節足動物がネオニコチノイド使用開始年から激減・消滅し、節足動物以外の水生無脊椎動物(たとえばシジミ)は1993年を境に激減していない理由を、貴方はどう説明するのですか?

また次のご指摘に対する回答も参考にされてください。

ネオニコチノイド系農薬の販売量と湖水中ネオニコチノイド系農薬の濃度が相関していると仮定すると、1993 年が 2018 年の約 1/20 であることから、1993 年の湖水中ネニ コチノイド系農薬の濃度は、2018 年より低かったと考えられ、単純計算すれば最大で  0.003~0.004μg/L と推定されます。ネオニコチノイドは、この濃度では動物性プランクトンに影響を及ぼさないという報告があります。

→ Science論文で示したように、宍道湖でのネオニコチノイド濃度は降雨後の方がはるかに高くなります。これは水田からネオニコチノイドを含んだ水が流出するためです。論文では宍道湖の公共用水域のモニタリング地点であるS7と、湖岸近くの2点で濃度をしらべました。モニタリング地点は「晴天が続き降雨による濁水の影響がないときに採水する」ことになっていますので、S7地点は降雨後のサンプルはありません。他の2地点ではそれぞれ、降雨後は晴天時の3倍と21倍になっていました。

そこで、仮に宍道湖全体の水質とみなせるS7地点での濃度が降雨後は10倍になるとすれば、0.24μg/Lとなります。うちイミダクロプリドは0.14μg/Lです。

1993年度の島根県全体でのイミダクロプリド出荷量は118kgです(この年に存在したネオニコチノイド系殺虫剤はイミダクロプリドのみです)。これに対して私が宍道湖での濃度を実測した2018年度は1169kgでした。2018年降雨時の宍道湖でのイミダクロプリド濃度を0.14μg/Lと推定しましたが、2018年は1993年の9.9倍使用されているので、この数字で0.14μg/Lを割ると、1993年5月の降雨時における宍道湖のイミダクロプリド濃度は0.014μg/Lと推定されます。これはMorrisseyほか(2015)が特に感受性が高い動物の慢性毒性濃度として報告されている0.0086μg/Lを超えています。

さらにはMorrisseyほか(2015)が既存の毒性実験をまとめた時点では、汽水種の耐性や、海産種や淡水種が汽水でネオニコチノイドに曝露したときの耐性については全く調べられていませんでした。宍道湖で1993年に消滅したことが確認されているオオユスリカの幼虫は淡水種なので、汽水では浸透圧調節のストレスが加わることで、ネオニコチノイドに対する感受性が高くなっていたかもしれなません。また汽水種であるキスイヒゲナガミジンコも同様に浸透圧調節を行わねばならず、降雨による増水で多少塩分が低下する際にネオニコチノイド系殺虫剤に曝露することは、大きなストレスになる可能性もあります。

今後、水田に使用する農薬を開発される際には、そのような可能性も視野に入れていただければと思います。

Morrissey、C. A., Mineau、P., Devries, J. H. ほか4名(2015) Neonicotinoid contamination of global surfacewaters and associated risk to aquatic invertebrates: A review. Environment International, 74, 291–303.

 

宍道湖を取り巻く環境については、山室教授も含めて多くの研究がなされています。

湖岸の産業開発による湖水の化学物質の影響、湖の富栄養化の影響、地域の都市化により 1993 年までに湖岸の 75%に人工壁が建設され、産卵・稚魚生育場所の逸失があった との報告もあります。これらの要因については触れずに、ネオニコチノイド系農薬が 1992 年に登録になったとして、突然の変化が起こったと報道されています。生物相の変化は、種々の要因により起こるものであり、原因については、科学的根拠により検討されるべきものと考えています。

→ 論文では上記についても議論しております。貴方には英語論文を読解する能力が不足しているとの印象を与えかねませんので、反論される際には事前に正確に読解されるのがよろしいかと思います。なお、Science論文の内容を日本語で一般向けに解説した本も出版しておりますので、参考になさってください。

なお貴方が私の論文に対する反論をホームページに公開されたことは、知人からの情報で知りました。議論を通じてお互いの理解が深まると思いますので、次に反論を掲載されたらご連絡ください。貴方の見解に対する私の見解を公開させていただきます。