基本的な分析でも世界的な仕事はできる

私の研究は今でこそ炭素・窒素安定同位体比という、どこにでもあるわけではない高価な分析装置を使ったものが多いですが、学位論文は栄養塩の比色分析とか、酸素の滴定とか、高校の理科実験室でもできそうな分析ばかりでした。
そのかわり、仮説を証明するための現場実験装置は、世界初かつ唯一というものでした。
当時、島根県宍道湖という汽水の湖を淡水にする公共事業が社会問題になっていました。淡水にすれば塩分躍層が無くなって水質がよくなるという事業者に対して、淡水化後アオコに苦しむ霞ヶ浦の例から、淡水化反対運動が盛り上がっていました。宍道湖には、1平方メートルあたり1000個体以上のヤマトシジミという二枚貝(おみそ汁の具になる、あのシジミ)がいて、これがいなくなると水質が悪くなるのではないかと考えた私は、まず二枚貝と水質について内外の文献をレビューしてみました。その結果、水質がよくなると定量的に証明した論文はなく、悪くなるとの主張さえありました。
宍道湖は汽水であるため生息できる底生動物が少なく、シジミが、殻を除いても、全底生動物の9割以上の現存量を占めます。このシジミの平均的な水管の径の管を湖底に埋め混み、平均的な濾過速度で湖底直上の水をポンプで採水して、シジミが水質に与える影響を調べました(だから世界初かつ唯一の装置なんです)。他にも、潜水してシジミを全部除去した区画とそのままの区画を作って湖底からの栄養塩の出入りを比較するなどの現場実験をして、学位論文を仕上げました。個々の実験結果は、Limnology & Oceanographyという、陸水学で評価の高い国際誌に掲載されました。
これらの手作り装置は、例えば湖底からの出入りを見るために作った溶出実験装置はアクリル管とゴム栓、ピペットチップにシーラーで手作りした風船、スターラーはマブチモーターから出ている子供用のオモチャ(それこそオモチャ売場で買ってきました。私のホームページのイメージ館、「縁の下の力持ち」に似た装置の写真があります)と、数千円で一式作りました。予算が無いと研究ができない、ということは、絶対にありません。