データもないのにモデルが走る

三河湾の干潟を埋め立てたら環境はどうなるか。
これを考える時にまず必要な情報は、流れがどう変わるか、です。汚濁負荷の系外への運搬や、酸素が豊富な水の底への供給など、流れによって状況が大きく違ってくるからです。
流れがどう変わるかを予測するには、流動モデルを使います。地形、流入水量、水温、塩分、風向風速など、物理的な事象に関わる因子からなりますので、生物の関わり方で増減が影響される窒素やリンなどの栄養塩濃度を予測するモデルよりは、シンプル、かつ予測精度も高いものになります。逆に、この流動モデルの段階できちんと予測できなければ、流動モデルをベースに構築される生態系モデル(これによって酸素や栄養塩などを予測します)で何かを予測することは無意味になります。
したがって、この流動モデルの結果が現実とあっているのかどうか、実際に現場で測定されたデータと照合して確認する作業は非常に大切です。
ところが、です。流向・流速データが、三河湾では20年前に測定されたもの(企業秘密として公開されないものを除く)が最新なのです。一方、シミュレーションに必要なデータが使えるのは最近の年次になります。20年前と今とでは地形が違っていますので、流向・流速の精度確認に使うには、20年前のデータは不十分と考えられます。
最近の流向・流速データがそろっていないのは、三河湾だけではないようです。東京湾にしろ大阪湾にしろ、負荷の総量規制が行われ、それによって水質はどうなるのかがモデルでシミュレーションされている内湾でさえ、実は、流動モデルの精度の検証に使えるデータが不十分なまま、その上に生態系モデルを重ねて走っているらしいのです。
流向・流速調査は、測器をそろえ、設置条件と管理に気をつければ、一定レベル以上のデータが必ず得られます。ただし研究室レベルでできる額ではないことから、大学の研究者など少人数の組織よる既報はほとんどありません。
内湾の富栄養化、貧酸素化がこれほど問題になり、規制が議論されているのに、基本的な物理データさえそろっていないなんて、本末転倒も甚だしいと思います。海の環境を国としてよくしていくのならば、まず流向・流速などの物理データを国の責任で揃えてほしいと思います。