研究者としてだけ

日本海洋学会和文誌「海の研究」2008年1月号には、昨年10月に亡くなった西條八束先生のお名前が3編に渡って記されています。
一つは学会記事欄の初頭、小池勲夫会長による「西條八束名誉会員を偲ぶ」。
小池先生は私の博士課程での指導教官ですが、その小池先生は西條八束先生に、間接的に指導を受けておられました。東京大学理学部地理学教室で陸水学からスタートしたという点が三者に共通しているのですが、その原点は西條八束先生が師事されていた、やはり東大地理出身の吉村信吉先生です。最近の大学は改組が立て続けに行われますが、教室を通じて人から人に伝わる伝統というものは、やはりあるのだと思います。
学問における東大地理の伝統について小池先生は弔辞の中で、「水圏における生元素循環の研究に関して、新しい手法を導入することに尽力を尽くされた。水圏での様々なプロセスを総合的・俯瞰的に理解したいと言う、地理学者としての側面が強く働いていたと思われる」と記されています。小池先生もまた、血球をカウントする装置で海の粒子を測り、サブミクロンサイズ粒子の重要性を世界で初めて指摘されています。私が水中ロボットと気球による海草藻場のマッピングに取り組んだのも、そんな伝統を受け継いでいたのかもしれません。
そして西條先生が残された重要な教訓を、小池先生はこうまとめています。
「先生は水圏の研究に加えて、我が国における湖沼・河川の生態系が様々な開発事業によって損なわれていくことに、これらの生態系の外的要因に対する脆弱性を良く理解している研究者としての責任を強く感じてこられた。このような水圏環境の保護の立場から、開発の是非について積極的に発言をされている。しかし先生は、研究者が専門家として社会問題に関わる場合、研究者としての蓄積に裏打ちされた意見表明が必要で、その立場を離れた発言は慎むべきであるということも繰り返し述べられており、研究者の社会的な関わりに一つの規範を示されていたことも忘れてはいけない。」
そんな西條先生の、開発に対する最後の意見表明が、もしかしたらこの号の、残りの2編かもしれません。日本海洋問題環境問題委員会を著者としていますが、とりまとめの筆頭はいずれも西條先生です。
まず「愛知豊川水系における設楽ダム建設と河川管理に関する提言」、そしてその解説として「豊川水系における設楽ダム建設と河川管理に関する提言の背景:河川流域と沿岸海域の連続性に配慮した環境影響評価と河川管理の必要性」です。ここでは、先日このブログで埋め立てが予定されていることを紹介した三河湾の水質が、予定されているダム建設によって悪化する可能性を自然科学の知見に基づいて説明されています。
私も水環境を研究している以上、人間が健やかに生きていける状態に保つために、果たすべき社会的責任はあると考えています。そしてそれは、あくまで研究に裏打ちされたものであること、立場を離れたことは一切慎むことは、厳に守っていきたいと考えています。