プラスチックがなかった頃

マイクロプラスチックが問題視される中、プラスチックを使わない生活に関する記事も増えて来ました。そういったスタイルを表す言葉は「ノープラ」「ノンプラ」「プラスチックフリー」「脱プラスチック」など現状では様々ですが、つい50年前、私が子供の頃は、生活でプラスチックを使うことはほとんどありませんでした。

たとえば私が6歳だったある日の午後、帰宅すると母親は産まれたばかりの弟の世話で買い物が大変なので、近所の千林商店街までのお使いを頼まれました。藤製の買い物籠を抱えてお味噌屋さんに行くと、色とりどりのお味噌の山が並んでいます。いつものお味噌を1週間分の重さを測ってもらい、確か経木に包んでもらったと思います。お味噌汁の実にする野菜は八百屋さん。菜っ葉類は新聞紙で包んでもらいましたが、芋とか茄子とかはそのまま籠にいれてもらいました。

帰宅して夕方近くなると、独特の鈴を鳴らしながら、豆腐屋さんの自転車が回ってきます。「おっちゃん、おねが~い!」と玄関近くの窓から声をかけ、金属製のボールを抱えて走って行き、お豆腐をボールにいれてもらいます。乾かないように水もいれてくれるので、帰りは水をこぼさないよう、そろりそろりと歩きます。

夕食を終えて、父と入浴。浴槽も蓋も木製でした。救急車が通ると、その音が近づいてくるときと遠ざかるときで異なります。なんで?と聞いたら父が、それはドップラー効果言うんやと、音の波動がこうで、来る時はこう、遠ざかるときはこうと、指に水をつけて風呂板に水で描いて説明してくれます。今のプラスチックの蓋ではできないことです。

プラスチックを使わない生活を目指すには、単にプラスチックの有無以上のことから見つめ直す必要がありそうです。